3-15

「…………終わったのか」


 あっという間の時間だった。興奮は未だ冷めやらない。ああ、やり遂げたんだって実感がじわじわと涌いてきた。……この俺がな、一時とはいえバンド活動なんてまさか。

 舞台袖に引き返し、俺は西尾先輩、岡崎先輩と握手を交わし、


「ありがとう、青春部のみんな。私たち、幸せです。みんなに依頼してよかったと……心の底から思います……っ」

「僕もみんなと会えてよかった。このメンバーで演奏できたこと、いつまでも光栄に思うよ」


 嬉しい一言だ。こんな一言を貰いたいから、俺はこうして活動しているんだけどな。


「青春部のみんな、お疲れさん。素敵な演奏だったよ」


 舞台袖には青春部顧問、榊原海音の姿もあった。


「まさか神宮寺がバンド活動するなんて、本当にビックリしたよ。神宮寺のことだから、バンドなんてモテるために活動する連中とばかり思ってそうで」

「ふんっ、依頼があったら文句言わずにやる。俺のモットーだね」

「……文句は多くないか? ま、今日のキミにはこれ以上言わないでおいてあげる」


 さぁて、桜庭と織川はどんな反応をしてるのやら、と見てみると、


「かなっちぃ! ……ぐすっ……かなっちと演奏できて……よかったよぉ……」


 織川は涙声で桜庭の胸元に抱き着いていた。桜庭は金髪を優しく撫で、


「もう、舞夏ちゃんったら……。泣くことはないのに……」


 そうは言う桜庭だって、瞳には限界一杯の水分を含ませている。


 榊原が桜庭の頭をそっと抱き寄せ、


「強がる必要はないのに。涙を流すことは、何も恥ずかしいことじゃないから」


 その言葉を受けると桜庭はしばらく無言で唇を震わせ、徐々に目元が歪み――――、


「……うっ、……ぐすっ…………舞夏ちゃんと一緒で……よかった…………」


 ボロボロと涙を流し、青春部のヒロインズは強く抱き合ったのだった。

 ここで裏方の篠宮も顔を覗かせ、


「お疲れさん、いい演奏だった。ふふっ、俺は嫉妬しちゃったぜ。一緒にあっこに立てられたらなって。あーしまった、音楽の時間はもっとマジメに取り組むべきだった」

「篠宮だってメンバーの一人じゃねぇの? 少なくとも俺はそう思ってる」

「そう言ってくれてサンキュー」


 さてと、次のバンドが控えている。俺たちは退散しねぇと……、そう思った時だった。


「善慈くん」

「ぜんじー」


 呼び止めたのは桜庭かなえ、それに織川舞夏。


「あん? なんだ?」


 二人は涙粒を頬に付着させながらも、呼吸を合わせるように小さく「せーのっ」と声を上げ、


「「――――――ありがと!!」」


 弾けるような、曇り一つない眩しい笑顔で共にそう言ってくれた。


「私たち、一番迷惑かけたのは善慈くんかも。私たちにすっごい気を遣ってくれたたよね? 善慈くん、ごめんなさい」

「本当にごめんなさい。あたし、ぜんじーに酷いこと言っちゃったよね? ぜんじーにすんごい迷惑かけちゃったよね? 今さらだけどごめんなさい!」


「キミが一緒だったからここまで来れたのかも。善慈くん、ありがとうございました」

「それに、ぜんじーが一緒だったからあたしたちは仲直りできたよ。本当にありがとね!」


「………………」


 …………ダメだ、もう無理だ。…………もう、耐えきれない。


「って、お前が泣くんかい!?」


 ビックリしたように俺を見た篠宮。……そりゃあ驚くに決まってるだろうね。


「……だって、本当に辛かったんだよ……。このままじゃ無理だって代役も考えた……、先輩にどう顔を合わせようかって悩んだ……、それに、お前らが部から消えるんじゃないかって考えたんだよ……」


 桜庭と織川がケンカ中、二人に対してはかなり気を遣った。二人に接する時間はなるべく均等にしようとしたし、桜庭としゃべる最中は織川の、織川としゃべる最中は桜庭の名前を極力出さないようにしたし、伝えたいことは直接言うんじゃなくて間接的に気づかせるようにしたし…………。


 俺は西尾先輩の元まで歩み寄り、


「先輩のアドバイスのおかげです、本当にありがとうございました……」


 あの日くれた彼女の親身なアドバイス、俺はそれを実行したまで。


「神宮寺くん、あの時自分なんかじゃなくてもいい、って考えてたよね? そんな顔してたよ。でもね、神宮寺くんだからこそ、だよ。かなえちゃんと舞夏ちゃん、二人にとって神宮寺くんは特別な存在なんだから」


 彼女はイタズラっぽさを含ませつつ、優しく微笑んでそう言ってくれた。


「なぁ、桜庭、織川…………」


 この十日間、本当に辛い思いをしたのは事実。彼女らの顔を見たくないと思ったこともあったし、嫌な思いも経験した。……でもな、


「このメンバーでやれてよかったって心から思うわ」


 最後は楽しかったって思えるなら、そういうことなのだろう。この溢れ出る涙だって、どういう気持ちで流したのかは自分でも何となくわかる。

 足元に伸びる二つの影。顔を上げると、


「これからも一緒に頑張ろうね、善慈くん」

「あたし、青春部のメンバーで光栄かも。また明日からよろしくね、ぜんじー」


 この二人のこの言葉は、おそらく一生忘れないのだと思う。

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