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 相談者……いや、この場合は依頼者に格上げか。――――浅間葵さんが部室を去って十分後、


「桜庭、準備はできたか?」


 約束どおり、俺と桜庭かなえは学園ラブコメを満喫しているらしい、依頼者を含めた三人の様子を伺いに、校舎中庭に向かうことにする。

 桜庭はスクールバッグのチャックを閉じ、両手でそれを持つと、


「大丈夫だよ、行こうか」


 中庭に行った後、部室ここには戻らずそのまま解散することに決めた俺たち、まとめた荷物を持って目的の場所へと行くことにした。


「そういやぁ恋愛絡みの相談って桜庭が受け持つこと多いよな――……って、あれ?」


 廊下を出て、後ろから遅れてやって来るだろうと想定して桜庭に話を振っても、全く手ごたえがない。あの女はどこに行ったのやら、と立ち止まって振り返ってみると、


「オイ、さっさと行くぞ」


 …………ナニやってんだ、まったく。

 黒髪ロングは廊下窓の前で立ち止まり、ガラスに映った反射を利用し髪型や表情の仕草を丁寧に確認していたのだ。


「……――んー、今日はこの角度が可愛く見えるかな? ヘアバンドはもうちょい上にしたほうが……」


 ああいう仕草や行為はナルシストによく見られる現象らしい。と、以前部長から聞いたことがあった。そりゃあ傍から見れば完璧なルックスを誇る桜庭かなえ、自分の顔を絶賛するには値するが……。だがあれを見てると残念な気分になるのは間違いない。


「あっ、ごめんね。行こうか」


 下に置いたバッグを手で掴むと、満足げな様子でこちらに歩んできた。


「えっと善慈くん、さっきは何か言った?」

「あーいや、恋愛絡みの相談って比較的桜庭が担当してるよなって」

「もしかして恋愛相談受け持ってみたいの? でも善慈くんじゃ無理でしょ、不気味だし」

「不気味な男が恋愛しちゃ駄目なのかよ」


 顔が良くて雰囲気の明るい人間だけが恋愛をする資格があるとは思いたくねぇな。……いや、


「俺がイイと思っても周りはさせてくれねぇんだよな。結局、中学でも高校でも選ばれた人間しか恋愛してないんだよ。地味で暗いヤツは端に追いやられる運命だ。んで、次第に恋愛なんかどうでもよくなる、嫉妬すらもしなくなる」

「恋愛相談には向いてないって言っただけで、何も恋愛するなとは言ってないから。ていうか、ちょっと捻くれすぎじゃない?」


 経験談を言ったまでだ。ま、桜庭かなえには伝わらんか。


「心の中でいっぱい僻んでそう。いいでしょ恋愛するくらい、誰だって資格あるよ。何なら私としてみる? キミの学園生活はバラ色間違いナシッ、だろうけど?」

「そりゃあありがたい。でもな、そんなことすれば目立つ。俺は目立つのが好きじゃねぇっての、お前も知ってるだろ? 悪いけどノーサンキューだ」

「なにカッコ付けてんだか。ま、私だってキミと恋愛する気なんてサラサラないけど」


 どうせ俺と恋愛する気なんてない発言だってのを見越しての断りだ。もし桜庭が本気を見せたとしたら…………、絶対にありえない事態を想定するのは無駄か。

 ここで一つ、恋愛絡みで桜庭に訊きたくなったことがあった。


「なぁ桜庭、桜庭って恋愛経験あるのか? まだ聞いたことがないような」

「私? 経験ないよ」


 恥ずかしげもなくすまし顔で言ってのけた。


「ないのかよっ。ならどうして恋愛相談、積極的に受け持てるんだ?」

「だって恋愛モノ好きだもん。恋愛マンガだったりー、恋愛ドラマだったりー、恋愛映画だったりー、いっぱい見てるよ。胸キュンするの大好きだし、可愛い女の子見てると癒されるし」


 幸せそうに頬を染めたその顔は、まるで恋する乙女のような顔だった。


「意外とロマンチックなんだな」

「ロマンチックで何が悪いの? ロマンチックに浸ってるほうが可愛いでしょ?」


 ナルシスト発言に何とも言えない気持ちは抱えたものの、桜庭の発言を明確に否定できる根拠は見つからず、仕方なしに俺はその言葉を肯定することにした。


       ◇


 中庭に到着した俺と桜庭かなえ。放課後の中庭といえば、普段は体操服やスポーツウェアを着用して汗を流す人間が数を占める傾向にあるが、学園祭が近いからか、今は制服を着用した人間の割合が増えている。


「善慈くん、あの子じゃない? 浅間さんの言ってた赤池さんって子」


 桜庭が示した先、そこには男女合わせた8人の生徒が集まっていた。


「ああ、あの女子だろうな」


 ここから十メートルほど離れた場所、


「……マジかよ、想像以上だわ」


 そんな彼女をこの目でしっかりと捉えた俺、思わず絶句。

 腰にまで掛かる、太陽の光を弾く銀髪。長身ではないもののスラッとした無駄のないスタイル。細かい顔のパーツは距離の関係上わからないが、桜庭かなえに劣らない整った顔立ちだとは雰囲気だけでも伝わる。周囲の女子とは違う別格のヒロインオーラ。


 彼女こそが依頼者、浅間葵さんの恋のライバル――――赤池遊來。


「浅間さんが自信失くすのもわかる気がする……。あれじゃあ勝ちようが……」

「桜庭でもか?」

「それはどうだか? けど争うのは私じゃないし」

「そりゃそうだ、浅間さんの恋を叶えてやるのが俺たちの仕事か」


 だが、桜庭はわざとらしくちょこんと首を傾げ、


「……え? 浅間さんの恋を叶えることが仕事なの?」


 いや、わざとらしいのはあくまで可愛らしさを演出する仕草であって、俺の言葉に疑問を抱いた様子は本当のようだ。俺、おかしなこと言ったか?


「なら俺たちの役目は――…………」


 桜庭に真否を尋ねようとした時だった。


「もーう!! ちゃんとお芝居しろって何度言ったらわかるのぉ、このバカゆーと!!」


 突然、甲高い女子の怒り声がこちらまで届いたのだ。


「おっ、あの男の子くんがダブルヒロインの想い人?」


 桜庭が声の方向へと目を向けた。俺も釣られてそちらを見る。


「……ハァ? おいおい、あの男がかよ?」


 銀髪ロング、天性の華やかオーラを放つ赤池遊來さん。その彼女がデフォルメされたごとく怒りむき出しで威嚇している対象。それはあまりにも外見に特徴がない、誰がどう見ても平凡な一人の男子生徒だった。


「でもさ、ラブコメの主人公って大抵は特徴ない平凡な男子高校生でしょ。読者に感情移入してもらうためにね」


 名前はたしか日比野ひびの勇人ゆうとと言ったか。赤池さんの発言に『ゆーと』という言葉が聞こえたので、彼こそがダブルヒロインに挟まれた主人公なのは間違いないだろう。


「冴えなくても、ラブコメは主人公補正が発動してモテるだけだろ。でもよ、現実であのレベルの男が……。俺でも代わりが成立しそうだな」

「冴えないだけじゃなくて陰湿で性格もアレな善慈くんが務まるはずないでしょ。キミって自分を過小評価すると思ったら、たまにとんでもなく過大評価するよね」

「……テメェには性格のことをとやかく言われたくねぇわ」


 それにしても、赤池さんと日比野(本来なら後輩なので『くん付け』でもすべきなのだが、ムカツクので呼び捨てにしてやる)は賑やかに言い争いをしている。周りのクラスメイトはそんな二人を「またやってるよこの二人、いつものことか」とでも言うように微笑ましく見守っている。

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