1-3
前方出入口傍の相談者窓口(と俺らは勝手に呼んでいる)に腰掛ける俺たち三人。廊下側に座ったのは相談者、相対すように座ったのが青春部の桜庭と俺。
「あのっ、よろしくお願いしますぅ!」
声の語尾が上ずったぞ。本人も気づいたのか、カァァと頬を赤くする。
ともかく、相談者の軽いプロフィールを伺ってみた。
名前は
「ふふん、緊張してる?」
「えっ、あ、いやそのっ……」
桜庭は艶のある桃色の唇を手で隠すようにクスクス笑いながら、
「こんな人相の悪い男が一緒だと緊張するなってほうが無理だよね。雰囲気も暗くなるし、鏡でも見て表情のつくり方を勉強してほしいよね」
「べっ、別にいいだろうが。俺だって好きで暗くしてるんじゃねぇしよ」
「じゃあさ、雰囲気良くさせるためにとっておきの方法を教えてあげる」
上半身を回し、部室後方を指差して極めて楽しそうに、
「あのまーぽん抱っこしながらそこに座ってみて。ファンシー全開で雰囲気変わるはずっ」
「ハァ? それマジで言ってんのかよ……」
……あのぬいぐるみを俺が抱える姿は、ファンシーを通り越してシュールさやキモさが醸し出されるような気がせんでもないような。
「………………」
チラッと上目使いで俺を伺う浅間さん。……たしかに周囲から気のないしゃべり方するとか、ヤル気なさそうとか、人相悪いとか言われる俺。
………………………………。
「……あぁ、わかったよ。抱けばいいんだろ」
俺は席を立つことにする。…………が、
「いや、本気にしないでよ……。善慈くんがあれ抱っこする光景なんて見たくないから……」
ドン引きしつつ可哀そうなものを見る目で俺を見上げ、立ち上がろうとする俺の腕を掴んだ桜庭。どっちだよ、オイ!
だがその時、
「ふっ、ふふふ……」
いかにも笑い堪えてます的な声を漏らしたのは、何と相談者の浅間さんだった。だけどすぐに浅間さんは顔を赤らめ、申し訳なさそうに慌ただしく両手を振り、
「わっ、笑っちゃってごめんなさい! その、まさか漫才みたいなの見ることになるとは……」
しかし桜庭は怒ることなく、浅間さんの両肩をガシッと掴むと、
「よーっし、緊張は解けたかな? おっ、肩もほぐれたみたい」
先輩らしいお姉さんのような、そして子供らしさを含ませた無垢な笑みを向けたのだ。先ほどの性悪な面とのギャップ、いろいろと胸にくる。
「先輩二人と狭い部屋で一緒なのは緊張するよね。でもね、ヤル気なさそうだけどこの善慈くんは悪い人じゃないから。無駄に筋肉付けて、場を和ませるためにぬいぐるみを抱っこしようとする人だもんね」
「……うっ、うっせーよ」
「素直になれないのも含めて善慈くんのキャラかも」
俺のことばかり言わず、少しは自分の汚いキャラも紹介しろよと文句を付けたい気分だ。
「さて、本題に入るけど――、浅間さんの抱える人間関係の悩みというのは?」
頬の筋肉はほぐれているものの、相談者は畏まったように目顔を引き締め、
「あっ、はい! その……、単刀直入に言いますと――――私、好きな人がいるんです」
……ヤベェな、俺の苦手なジャンルじゃねぇか。部室に来たからには仕事しねぇと思って何となくここに座っちまったけど……。
心情が顔に出てしまったのか、笑みを矯正させるように桜庭は俺の右頬を引っ張りつつ、
「うんうん、恋の悩みって人間関係の永遠のテーマだよね。私たち、そういう話題だーいすきだもん。ね、善慈くん? …………ね?」
「あっ、ああ……。家に数えきれないくらいラブコメ作品置いてあるわ……。はっ、はは……」
所有者はすべて妹であるが。………………アァ? 俺の発言に嘘はないだろ?
「浅間さん、差し支えが無ければ詳しいお話聞いてもいい? どんな男の子に恋をしたとか、誰とライバル関係にあるかとか」
「その……、中学から一緒の男の子のことが……すっ、すすす好きなんですッ!!」
「その男の子とはどんな関係かな?」
「初めて出会ったのは中学二年生の時です。同じクラスになったのがキッカケで……。その、不器用なトコもありますけど、いろいろと優しくしてくれるんです。ひた向きなところもあって、カッコイイなー……なんて思ったり……」
そう話し終えた浅間さん、カァァと顔を赤らめ恥ずかしそうに目を細める。典型的な恋する乙女(バージョン奥手女子)だな。先ほどは俺と同属性だと評したが、どうやら『光』はまだ失っていないらしい。救いようがあってなによりだ。
桜庭は切れ長のパッチリした目をさらに開き、なぜか俺に向け指差すと、
「お、優しくてひた向きな男の子がここにもいるぞ?」
嫌味かよ。
「いや、落ちた消しゴム拾ってあげたりするでしょ」
「見なかったフリするヤツのほうが少数派だろ、それって」
「あっ、あの……、神宮寺先輩も誠実な方だとおっ、思いますよ?」
あからさまな作り笑いされるのは、それはそれで辛いということが身に染みた瞬間だった。
気を取り直すように桜庭はこほんと一つ咳払いを入れ、
「それで、その男の子に告白するために相談を?」
「そのー……、告白したいのは……勇気があれば今すぐでも……。でも、難関が待ち構えているんです」
「……難関? 恋のライバルって壁かな?」
浅間さんはこくりと頷き、
「おっしゃるとおりです。
「口ゲンカするようなら好きなハズなくないか?」
と、当然の疑問を俺が言えば、
「ねぇ、本当にラブコメ好きなの? 怪しいんだけど……」
目を細め、モロに疑った視線で俺を見てくる桜庭。……いや、ちょっと待てよ。
「……その赤池さんは口ゲンカでもした後、顔赤くして一人でぶつぶつ言うようなことは…………してないよな?」
だがしかし、浅間さんは一つ縦に頷いて、
「そのとおりです、ケンカしてる時の強気な顔が嘘のように……」
……オイオイ。
スクールバッグの中に仕舞われた携帯ゲーム機を無意識のうちに見た俺。赤髪ショート、強気な目つきが特徴的な月詠アカネのセリフ『勘違いしないでッ! アンタなんて好きでも何でもないんだからね!』がスッと頭に浮かばれた。
「マジのツンデレっているのかよ……、一度お目にかかりたいモンだ」
「けどそのツンデレ赤池さんがライバルだからって、浅間さんが退く理由にはならないでしょ? 赤池さんがよっぽどの美少女だったりしたらハナシは別だけど……」
まさかとでも言いたげに桜庭が言うと、浅間さんはガックリと暗い影と肩を落として、
「メチャメチャ美人です……、スタイルも私じゃ比べものにならないくらい魅力たっぷりです……、フランス人のクォーターです……、私みたいに地味じゃなくてとーっても華があります……、お金持ちです……、頭もよくてこないだの中間テストは学年一位です……、それに運動神経だって――……」
ズラズラズラズラと恋のライバルの利点を挙げていくのであった。
「まっ、まぁ……、浅間さんだって魅力的な女の子だと私は思うよ? たしかに目立たないタイプかもしれないけど、顔のつくりは可愛いし。裏では男子人気があるタイプかも?」
「そうおっしゃってくれてありがとうございます。……でも、ライバルに勝つかどうかじゃないんです、問題は。それを相談したくてここまで来たと言っても過言ではありません」
浅間さんは沈んだ顔ばせで、やがて口を開き、
「遊來ちゃんは私の大切な友達なんです」
僅かに目尻を光らせて、ポツリと呟いたのだった。
「……そっか、恋のライバルは友達か」
「好きな男の子を通じて知り合いになりました。恋のライバルだとは、始めは意識してませんでしたけど、最近になって……」
「なるほど、悩みの全体像が掴めたよ」
桜庭は目を閉じ、静かに一つ頷いて、
「浅間さんには想い人がいる。――――だけれども友達と争うのは辛い、だからどうしようか。つまりそういうことだよね?」
「はい、桜庭先輩のおっしゃるとおりです」
…………ハァ、実際には出さないものの溜息をつきたい気分になった。
だってそりゃあ、彼女らの関係はまさに――――――学園ラブコメそのものなのだから。
高校を舞台に、主人公の両側に添えられるのは対極なダブルヒロイン。そして彼女らの関係は、話を聞く限りでは王道的な三角関係。いろいろと典型的すぎて笑いさえ出てくるほどだ。
「そうだ、赤池さんって子と、浅間さんの好きな男の子ってまだ学校に残ってる? 学園祭の準備が始まってるクラスもあるから……」
話題は脱線するが、季節は六月半ば。我が
「あ、はい。私も含めてですけど、二人はクラスの出し物のために居残ってます。教室は吹奏楽部が使用中だから、中庭で打ち合わせをする予定になってます」
「それじゃあ私たち、その二人を見にいってもいい? あ、もちろん二人には内緒で」
「あー、えーっと……大丈夫なのかな?」
「こっそり見るだけだから、……見つからないようにね? 一回でも見させてもらうと、ひょっとしたら何か掴めるかもしれないし」
右の人差し指をピンクの口元に添えた桜庭、ウインクして浅間さんに尋ねた。
「そ、それではよろしくお願いします! 桜庭先輩、神宮寺先輩!」
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