1-2

 背筋をも凍らせるような冷たい口調、見下した目つきでそう言い放った黒髪ロング。

 すると冷酷な目つきのまま、彼女はこちらを確かに見定め、


「さっきから不気味なオーラ出しやがって、ガラ悪すぎ。相談者、怖がってたじゃん。まったく、地味なら地味らしくしてなよ。女子の取り扱い苦手なクセして下手に目配せして……」


 サッときめの細かい黒髪を掻き上げ、俺が座る椅子を乱暴に蹴り、


「それに労いの言葉くらい掛けてよ。……え? あっ、やっぱ声掛けは遠慮して。死んだ顔して気のないしゃべりで労われても気が滅入るだけだし」

「………………」


 見下すように言い放ったのち、さっきまでのお姉さま態度はどこにやら、ドサリと音を立て黒髪ロングは隣の椅子に座ったのであった。


 桜庭さくらばかなえ。青春部、部員ナンバー2。


 癖のない黒髪ロングは背中中段あたりまでスラリと伸び、適度に切り揃えられた前髪は水玉模様の洒落たヘアバンドで留めてある。

 桜庭は机に肘を付き、女神のごとく整った顔立ちを惜しげなく見せつけながら、


「それでどんな女の子を攻略するの? やっぱりキミの趣味ならこの地味系黒髪巨乳?」


 艶のある桃色の唇から紡がれるのはそんな言葉、いろいろと台無しだ。

 スラリと綺麗な指が差したのは『園村れいな』という名の攻略キャラクター。外見は指摘どおり地味な容姿の黒髪ショート、身体つきは大半の男が喜びそうな数値設定だ。


「もうやんねぇよ、ツマラン。選択型紙芝居の何が面白いんだか。ラブコメ研究会はメチャメチャ勧めてきやがったけど、俺の趣味には合わんな。つーか桜庭、お前もガラ悪すぎだ」


 俺がそう言えば、桜庭は蔑むがごとく細めていた目をパッチリと開け、ニコッと小悪魔フェイスを差し向け、


「ゴメンね、調子乗っちゃって。ギャルゲーやってる善慈くん、痛々しかったからイラついちゃった。てへっ」

「なんだ、構ってほしいのか? ならアレに構ってもらえよ」


 俺が指差したのは、人の座高ほどの高さはあろうかというファンシーなクマのぬいぐるみ。ほぼ机と椅子しかない殺伐とした部室にポツンと置かれた『まーぽん』という名のそれは、我が青春部のマスコット的存在だ。


「もう、いくら面倒だからって、とびっきり可愛いこの私の世話をぬいぐるみに押し付けるのはどうなの?」

「いや、桜庭が一人の時、メチャメチャ嬉しそうにぬいぐるみ抱いてるんで――……」

「まっ、まいっか、ゲームやろ! 善慈くんの相手するより千倍面白いしっ」


 そう言ってスクールバッグの中からそそくさと携帯ゲーム機を取り出すと、電源ボタンを押して姿勢よく画面に面と向かう。……まったく、風に靡くカーテンを背景にして(カーテンないけど)活字に目を通しているほうが幾ばくか絵になりそう外見なのにな、勿体ない。黙っていれば尚のこと。ま、両親がゲーム開発の企業に勤めているなら中毒になるのも致し方ない。


「あっ、善慈くんはゲーム禁止。二人が無言でゲームに噛り付いてるのってなんかキモイし」


 勝手に俺のスクールバッグを弄り、古典の教科書とノートを取り出した桜庭。


「ってうわ、エロゲー入ってる……。気持ち悪い……」

「人のバッグ勝手に捌くっといてキモイ呼ばわりすんな。つーかそれ、ギャルゲーと一緒に押し付けてきたんだよ、ラブコメ研究会の連中がな」


 俺は携帯ゲーム機を仕舞い、桜庭の手に取ったそれを受け取った。


「ふーん、そっか。まあ性欲なさそうだもんね、キミ。いっつも自虐ばかりしてて自分慰めることあまりしないし」


 とんでもない一言をサラリと述べやがった気がするが、……まあいい。気を取り直して古典の教科書とノートを開いた俺。と、その時、


「ねぇ、一つ訊いてもいい?」


 ポチポチとゲーム機を操作しながら桜庭は尋ねてきた。小悪魔的態度から一転、真面目な雰囲気を醸し出す。


「どうした?」

「いや、そんなに深いことじゃないけどね。軽い気持ちで答えてくれればいいけど」


 そう前置きをしたのち、


「さっきの相談者さんの悩み、善慈くんならどう考える?」

「あんまりピンとこなかったな」

「いい友達が多いんだね。……あっ、数は少ないか」

「失礼な一言はいらん」


 少ないという事実は反論しにくいが。


「私は痛いほどわかったよ、あの相談。なんかさ、自分の居場所を高いレベルだって勝手に決めつけて、それまでの友達を蔑んじゃう人っているんだよね」

「でも桜庭って人望あるじゃねぇか。何もしなくても人が集まってる印象があるわ」


 桜庭は鼻で笑って、


「今はそうだけど、中学時代は……」


 だが言いかけたところで、ゆっくりと首を横に振り、


「ううん、今はそんな話しても暗くなるだけ」


 そう呟き、再びゲーム機に意識を傾けたのであった。


 ――――だが、


「キミたちー、相談に乗りたい子がいるから紹介しにきたぞ」


 突如、ガラリと扉が開いた。

 ビクン! と跳ねるような反応をしたのは俺……ではなく、隣の桜庭かなえ。桜庭は素早い動作でゲーム機を机の中にサッと仕舞い、


「こんにちは、榊原先生。えっと、相談に乗りたい子というのは?」


 スッと立ち上がり、大人びたお姉さんモードをすぐさま取り繕う桜庭。部室に入ってきた数学教師であり顧問、榊原海音に向かって歩んでいく。

 黒のTシャツにジーンズ、ピアスや腕輪などのアクセサリ、若い年齢というせいもあって大学生のような外見をしているその教師、部室を一通り眺めると、


「今日は桜庭と神宮寺だけか。残りの二人は?」

「あの二人は用があるとか。今日は私と善慈くんだけです」

「そうか。で、相談に乗る時間はありそう?」

「あ、はい。ちょうどヒマしてまして。それで、相談者さんは?」


 顧問、榊原海音は廊下の方に手招きをして、


「相談者はこの子。それじゃ、あとはよろしく頼んだ」


 ヒョコっと現れた女子の背中を軽くポンと叩くと、顧問は仕事があるとかでそのまま帰っていった。


「こんにちは、あなたが相談者さんかな? 人間関係でお悩みを?」

「あっ、はい! 榊原先生に相談してみたら……」

「そっか。じゃ、中に入ろっか」


 こうして俺たちは相談者を部室内に招くことにした。

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