3-3

 三階の奥にある小さな教室、中からはギターとドラムの演奏音が聴こえてきた。


「お邪魔しまーす、青春部です」


 篠宮がノックをし扉を開けた。そうしたら、


「あっ、青春部のみんな……だよね? どうぞ、こちらにっ」


 ギターを弾く手の動きをピタリと止め、嬉しそうな顔をしてこちらにやって来たのは一人の女子生徒。


「メールを差し出した西尾絵美にしおえみですっ。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げた彼女。背中中段まで伸びる栗色の髪も動作に合わせ、背中から滑り落ちる。顔立ちは、織川のような童顔とは違うものの子供っぽさの残る顔立ち。纏う雰囲気はイタズラっぽさを含ませた年上のお姉さん、という印象を受ける。


「部長の篠宮天祷です。で、右から桜庭かなえ、織川舞夏、神宮寺善慈、全員一年生です」


 背後の俺たち三人は篠宮に合わせ浅く頭を下げた。その時、


「ああ、絵美。彼らが絵美の相談した青春部のみんなかな?」


 西尾先輩の背後から顔を覗かせた一人の男子生徒。……うわっ、すげぇイケメン。醸し出す爽やかな雰囲気、やや細身の身体つき、整髪料で整えられた栗色のシャギー、こりゃあ絶対にモテそうだ。


「僕は二年の岡崎おかざきたくみ、力を貸してくれるなら本当に助かるよ。よろしくね」


 雰囲気だけではなく、その振る舞いまでもが清潔感に満ち溢れている。俺じゃあ絶対に勝ち目ナシだね、勝負にすらならん(何の勝負だよ)。


「それで先輩方、どの役割が足りないんですか?」


 先輩の背後に置かれた楽器を伺いながら尋ねた篠宮。

 西尾先輩がチラッと背後を向き、


「私がリードギターを、巧くんがドラムを担当してるの。足りないのはボーカルとベース、それにキーボード。できればサイドギターもあると嬉しいかも」


 篠宮は身を翻し、


「三人は何が弾ける? 本番まで十日だから全くの未経験だと無理だと思うけど……。どうだ?」


 最初に手を挙げたのは織川。


「はいはーい、あたしはベースの経験あるよ。中二の頃、友達のお兄ちゃんに教えてもらったんだ」


 続いて手を挙げた桜庭は、


「中学の文化祭でボーカルとサイドギターをやらされ……やった経験あるよ」


 マジかよ、二人とも経験あるのかよ……。それもギターにベースか……。


「神宮寺はないだろうなぁ……、楽器とは無縁の人間だろ。バンドはモテたい連中の活動とか言ってたしな」

「バカ、それを言うな! ……あ、いや先輩、俺はそんなこと断じて言って……ないッスよ?」


 寂しそうな顔ばせの西尾先輩、苦笑いの岡崎先輩。ナニ言ってくれてんだ、篠宮ッ。

 気を取り直す意味合いで俺は咳払いを一つ入れ、


「実は小5の頃、ピアノにハマったことがあってな。姉ちゃんがピアノ習い始めるために中古のオルガン買ったんだけど、結局すぐに辞めたんだよな。だから勿体なくて俺が弾いてたってわけだ。中学で野球部に入ってからは弾かなくなったけどな」


 西尾先輩は一転して、嬉しそうに微笑んで、


「よかった、ひとまず演奏はできそうだね。ね、巧くん」

「そうだね、相談してみるものだね。……それで、篠宮くんだっけ? キミは何か楽器を弾けるかな? 四人の中だと一番経験ありそうだけど?」


 たしかに部内で一番オシャレな人間、雰囲気では演奏の経験が豊富そうだ。ギターでも弾いて自分に酔っている姿が容易に想像できる。


「あ、いや……全然やったことないっす。どれもこれも未経験で……。ってことで、俺は慣れた裏方に回ってもいいですか? ほらっ、本番での楽器のセットとか、照明の操作とか」


 これはこれは意外。ま、未経験ならば仕方がない。歌唱力もたしか微妙だったし。


 西尾先輩は納得したような顔つきで俺らを見回し、


「話をまとめると、桜庭さんがボーカル件サイドギター、織川さんがベース、神宮寺くんがキーボード、篠宮くんが裏方……ってことでいいかな?」

「絵美、コーラスはどうする?」

「あっ、忘れてた! できれば女の子にやってほしいから……織川さん、コーラスできそう?」

「はい、大丈夫ですよ。コーラスも頑張りますっ」


 胸を撫で下ろした西尾先輩、俺たちの顔を今一度見て、


「それでは本番までの十日間、頑張っていきましょうっ」


 ニコリと右拳を挙げて、そう宣言したのだった。

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