3-4

 翌日、練習一日目。


 三階奥の小さな教室、広さは通常の教室の半分程度だろうか。そこに集まった俺、桜庭かなえ、織川舞夏、そして依頼者の西尾絵美と岡崎巧の両先輩。

 西尾先輩は園児たちの前で微笑む保育士のような顔つきで俺たちの前に立ち、


「今日は演奏に入る前に、簡単な打ち合わせをしたいと思います」


 爽やかでイケメンな男子上級生、岡崎先輩が、


「学園祭では二曲を演奏する予定だよ。一曲は『シグナルブルー』の先輩たちが代々演奏してきた曲で、もう一曲は……実は未完成の曲なんだ」


 未完成、つまり新曲っつーことか? 俺の疑問を解消するように西尾先輩が、


「その一曲はね、私と巧くんで作曲したの。でも歌詞がまだ……。そのー、私たちって文才がないのかな? 上手く詞が書けなくて……。だから三人とも、お願い!」


 パチンと胸の前で手を合わせ、サッと頭を下げた彼女。……ということはつまり、


「あたしたちが詞を書くってことですか!? でっ、できるかなぁ……」

「俺だって歌詞は浮かばないような……、書いたことねぇし……。大丈夫っスかねぇ?」


 幸か不幸か、俺は中二的病気には侵されず黒歴史ノートなど作ったことないので、文豪・作詞家よろしく頭の中の言葉を紙に並べた経験など皆無。

 だけど桜庭かなえは、見せる表情こそ普段の冷静なお姉さんふうではあるが、


「ふふん、楽しみかも。自分で考えた歌詞を歌うって素敵じゃない?」


 言葉の端には自信がチラついている、そんな印象を受けた。


「難しい表現は使わなくていいし、格好だって付ける必要もないからね。できれば来週の頭までに完成してると、私たちとしては嬉しいな。みんなが考えてきた詞、楽しみに待ってますっ」

「ごめんね、僕たちがしっかりしていれば。ボーカルだって本来は僕たちがやるべきだし……。今まで先輩頼りにしてきたツケなのかな?」

「バンドのこと、もっと教えてくれてもいいですか? 結成の経緯だとか、どんな活動をしてきたとか……」


 そう尋ねた桜庭。ああ、それは俺も少なからず興味がある。

 西尾先輩は過去を懐かしむように目を閉じ、


「『シグナルブルー』は私たちが入学する前から活動してたの。今年で結成六年目になるんだっけ、巧くん?」

「うん、六年目。毎年四人以上は揃ってたんだけど、今年は……。だから先輩とも相談して決めたんだけど、この『シグナルブルー』は今年限りで解散することにしたよ」 

「えっ、解散ですか? 先輩たちはまだ二年生じゃ……」


 たしか二人は三年生ではなく二年生。来年は活動しないのか?


「受験勉強を優先させるって理由で、このバンドは二年生限りで卒業になるの。だから私たちも、三年生になったら勉強を優先させる予定」

「つまり、今年の学園祭は僕たちにとっての大きな目標になる。ここですべてを出し切りたいって思うくらいにね」


 二人の口調は柔らか。けれども表情、そして言葉の端々から『覚悟』と『決意』が伝わってきた。


「あっ、ごめんねハードル上げちゃってっ。みんなは楽しむくらいでいいから」


 西尾先輩は優しい人だと思う。こんなにも俺たちに気を配っているのだし。だけれど、――ひょっとしたら今の彼女らにそんな優しさは不必要なのかもしれない。


「私、先輩を満足させるように全力を出し切ります」

「先輩たちにあたしたちを選んだこと、後悔させないように頑張ります」


 それに俺だって、


「自信はまだないっスけど、悔いのないよう先輩に尽くしたいと思います」


 だけれども。

 その覚悟というモノが、この後粉々に砕かれてしまうなんて今は考えるはずもなかった。

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