1-12
浅間葵、赤池遊來の仲直りから早二日が経とうとしていた。学園祭の準備で次第に忙しさを見せ始めるこの校内、俺のクラスも来週からは動きがありそうだ。
本日、部室に集まったのは俺と桜庭の二人。昨日の顔ぶれは知らないが、俺が部室に行けば毎回桜庭と二人きりのような気がする、最近は。
「なあ桜庭、あれから浅間さんは
珍しくゲーム機とは格闘せず、部室隅でノートパソコンをカチカチと操作していた彼女、
「昨日来たよ、お礼を言いにね。ヒマだったから私たち、世間話してたけど」
ちなみに、本日のヘアバンドは白のレース柄だった。
「元気そうだったか?」
「うん、元気そう。葵ちゃんに関してはもう心配いらないんじゃない?」
「……、本当にアレでよかったのか? あの二人はスッキリしたろうけど、お前は……」
「いいよ、私なんて。私がどうなろうと、二人が喜ぶならあれで……」
桜庭がパソコンから顔を上げた、その時だった。
突如、凄まじい勢いで前方の扉が開かれた。鈍く激しい音が俺の鼓膜を刺激する。
うるっせぇなあ、優しく登場しろよと思いつつ渋々音の方を見れば、そこに現れたのは――――――、
「…………、やっぱりお前か。ナイスタイミングだ」
――日比野勇人、誰がどう見ても平凡な男子高校生。ダブルヒロインの想い人であった男。こめかみには深いシワを刻み、奥歯を強く噛み締めそこに仁王立ちしていた。
俺はやれやれと文句を呟いて乱雑にカットされた髪を掻き、仕方なしに重い腰を上げ、
「どうしたぁ、相談事でもあるのか?」
俺が訊いてみても、日比野は凄まじい目つきで先輩である俺を睨みつけて、
「お前らかよ、余計なことしてくれたのはッ!?」
「余計なこと? ……なんだそりゃ?」
「とぼけてんじゃねぇ! 浅間と遊來に何したんだよ!?」
うっせえ男だなぁ。ギャーギャーやかましいね、みっともない。少しは俺を見習え。
「待て、とにかく落ち着け。落ち着いてくれねぇとマトモに話もできん」
とは言ってみるものの、意味なしッ。荒い息、ナイフのような目つきは変わらない。
「善慈くんは下がってていいよ」
聞き心地のいい女の声が背後から聞こえた。
声の主は背中中段まで伸びる黒髪を振りまき、パッチリとした切れ長の目で日比野を見て、
「葵ちゃんの相談を受け持ったのは私だから。気に入らないことがあったら私に言って」
怒りに染まった男の前だというのに、怖がる様子を見せず淡々とした口調で前に出た。
「言ってごらん、全部私が受け止めてあげるからさ」
日比野は嫌悪感たっぷりに桜庭を睨み、
「遊來と浅間に何をした? 部外者が余計なマネしてくれてんじゃねーよ」
「恋の選択肢の広げ方をアドバイスしただけだよ? 日比野くんを貶すようなことは言ってないし、二人だってキミへの心象は悪くなってないはず」
「……二人に何を吹き込んだ?」
「その前に一つ、こちらから訊いてもいい? キミがここに来たのって何がキッカケ?」
「……ンなの知るかよ」
桜庭は嘲笑うかのように口元を歪め、舐め回すように目の前の男を眺め、
「どうせキミに対する二人の態度が変わったからなんでしょ。さしずめ可愛いなんて言ってみても赤面してくれなくて、笑顔で返されるようになったとか。…………でしょ?」
「………………ッ」
「質問に答えてあげるよ。二人に何を吹き込んだのか、って質問」
ふふっと笑顔を取り繕い、そっと目を閉じ、
「さっきも言ったけど、恋の選択肢を増やしただけ。世の中には女の子に可愛いって言える男も、優しく接する男もごまんといる。それを、そこの神宮寺善慈くんを使って実演してあげただけ。たったそれだけだよ?」
「こっ、この……ッ」
「それでキミはさ、どうして怒ってるの? 何が気に入らないの?」
日比野はプルプルと唇を震わせ、
「俺は…………俺は二人のことが好きだったんだ!!」
「で、それがどうかしたの? 好きなら告白すればいいじゃん。今の私に言われましても」
「……いやっ、それは……」
「あぁ、まさか……、二人から告白してもらいたかったり? 自分で告白する勇気がないから?」
桜庭の冷たい言葉、口調に、日比野は牙を抜かれた猛獣のように押し黙った。
「私、言ったよね? 葵ちゃん、キミが好きだって。でもキミは『そんなワケわるか』って逃げた」
「にっ、逃げてなんか……ッ!」
「いや、逃げたよ。だって怖かったんでしょ、葵ちゃん、赤池さん、どちらかを決めることが。関係が崩れることも怖がってた。だから二人の想いを見て見ぬ振りをした」
「………………」
「ぶっちゃけさぁ、キミって優しくないよね。だって自分の態度が原因で二人がヤキモキしてたのを知らんぷりしたし。それに二人が険悪になっても放ったらかし」
「それは……俺が気づかなかっただけで……」
「気づかなかったら苦しめてもいいんだ。ふーん、知らなかった。まあでも、私の言葉で二人が恋愛感情を失くしたのも、結局はそんなキミに心の奥底で幻滅したからなんじゃないのかな? 私が葵ちゃんの立場ならキミに幻滅するなぁ」
クスクスと嘲笑しながら、遠慮なく蔑みながら言葉を放つ桜庭。最後に、
「私は日比野勇人の味方じゃないから。相談しに来てくれた浅間葵の味方だから」
――――その時、
「うるっせんだよ、黙れ――――――」
大きく一歩踏み出した日比野勇人、そのままの勢いで桜庭の胸ぐらをリボンごと乱暴に鷲掴みにすると、叩きつけるようにその身を背後の壁へと押し付け、潰すように近距離で、
「ふざけんじゃねぇ!! テメェみたいに平気で人の気持ちを踏みにじるヤツなんて初めて見たわ! 二度と俺たちの前に顔見せるんじゃねぇぞ、二度と相談ごっこなんかすんじゃねぇぞ、この偽善者が!! 今度その姿見せたらどうなるかわかってるんだろうなぁッ!!」
そう吐き捨て、掴んでいた夏服を乱暴に放し、
「気持ち悪いんだよ、クズが」
吐き捨てるように冷たく放つと、日比野勇人は足早に出入口へと去っていったのだった。
「…………………………」
外れた胸元のボタン、解かれシワの刻まれた赤のリボン。
彼女は何も言い返さない。口を開こうとさえしない。何を考えているのかもわからない。
目元に掛かった黒髪、表情は見えない。
こうべを下げ、ぐったりと壁に背中を滑らせ、そうして床に崩れる。
やがて。
「――――クズだってことくらい、言われなくても知ってるから」
ボソリと、そう告げた桜庭。その口調はどこか寂しそうだった。
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