1-11
顔を赤らめモジモジと人差し指同士をツンツンとする浅間さん。……萌え死ぬビジョンが一瞬だけ垣間見えた。桜庭にも見習ってほしい仕草だな。
「……ふん」
まあでも、この二人の反応を見ていると――――すべてが桜庭かなえの掌の上に転がされているのだと思い知らされる。
桜庭は取り繕ったように薄っすら笑みを浮かべ、口元に指を立て右目でウインクし、
「これがトリック、二人が日比野勇人くんに惚れたマジックのね」
簡潔に一言、そう告げたのだった。
「えっ、ちょっと、私はゆーとなんかすっ、すすす好きじゃ……ッ!?」
「好きだからお友達と険悪になったんじゃないの? 今は素直になってもいいのに」
「…………はい」
銀髪ロング、天性のヒロインはチラッと隣を見やり、口を結び押し黙った。
浅間さんは困惑気味に眉を寄せ、
「トリックって……どういうことですか? ちょっと意味が……」
「そうだね、いきなり言われても意味わからないよね。けど、順を追って説明するから安心して。善慈くん、いい?」
「ああ、俺から一つ訊いてもいいか? 二人は恋愛経験全くないよな?」
こんなの訊くまでもないことだと思うが。まあ俺の予想どおり、二人はイエスと答えた。
「その……騙したみたいで申し訳ないんだが……。俺、さっきあんなこと言ったよな? ――――実は狙って言わさてもらった」
「……狙って?」
訝しげに俺を見る浅間さん、赤池さん。桜庭が俺に変わり二人の注目を集め、
「二人は善慈くんにあんなこと言われてさ、正直ドキッとしちゃったでしょ? でもね、地味で暗くて陰湿で女子に不器用な善慈くんにもドキッとするようならつまり、二人は誰にだって心が揺れちゃうんじゃないかな? あ、もちろん最低限のルックスは必要だろうけど」
浅間さん、赤池さんはやはり困惑気味。それでも桜庭は種明かしを続ける。この方法が自分を傷つける未来を招く可能性があると知りつつも。
「日比野くんは二人にどんな態度で接して、どんな言葉を掛けてあげたのか? そして二人は彼のどんな部分に惚れたのか? それは傍から見ればすぐにわかるよ」
「……教えてください、かなえ先輩」
「彼は『可愛い』ってよく言ってくれるでしょ、褒めてくれるでしょ? それに落ちたペンを拾ってくれたり忘れた教科書を見せてくれたりするでしょ? 気さくに話し掛けてくれるでしょ? 困ったら相談に乗ってくれるでしょ? 優しい言葉を掛けてくれるでしょ? 頼りがいのある言葉を掛けてくれるでしょ?」
唖然と呆ける両者、どうやら図星のようだ。
桜庭は二人の様子をざっと眺め――――、
「――――要はさ、そんなの誰だってできるんだよ。二人を惚れさせるキッカケなんて、狙えば誰にだってできる」
そうして追い打ちをかけるように、
「女子の扱いが苦手なこの善慈くんも、私が手伝ってあげればたった一日で二人をドキッとさせられた」
「俺だってペンや消しゴムくらいは拾ってやるし、頼まれれば教科書くらい見せる。困ったことがあるようなら……頼まれれば相談には乗ってやれる」
他者に親切だという自覚はない俺でも、桜庭が言った程度のことは流石に行う。気さくに話し掛ける等は除くとして。
二人は重く目線を下げ、沈痛な面持ちだった。……仕方ないな、自分が抱いていた恋心がこういう形で否定されてしまったのだ。それも初恋ってヤツを。
さて、どう転ぶだろうか? 両者とも桜庭の言葉を肯定するのか、それとも否定するのか? はたまた一方が肯定して一方が否定するのか。
だけど桜庭は答えを知っているがごとく、不気味なほどにその天性の美貌は明るい。
最初に口を開いたのは浅間さんだった。
「かなえ先輩のおっしゃるとおりだと思います」
「ちょっと、葵ちゃん!」
赤池さんは咄嗟に反応した。しかし浅間さんは隣を気にすることなく、
「私、恋なんて経験したことないんです。……そもそも、日比野くん以外の男の子とはほとんど接したこともないくらいで……。そうですよね、私の視野が狭かったのは確かです」
赤池さんは腰にまで掛かる長さの銀髪をフルフルと小刻みに揺らし、
「私は……わからない。頭がゴチャゴチャしちゃって……。……だけど、ゆーと以外に目を向けられなかったのはホントかも……。うん、私、もっといろいろと見たい!」
そう宣言すると、浅間葵さんに顔を向け、
「ごめんなさい、葵ちゃん! 私、メチャメチャワガママなことしてた!」
浅間さんは首を横に振り、
「遊來ちゃん、私も同じ。日比野くんに夢中だったのは私も一緒……、ごめんなさい!」
二人は目尻を光らせ、互いを確かめ合うように強く抱き合ったのだった。
抱き合う二人を見て、何かを懐かしむように目を細めた桜庭だが、
「えーっと誤解はしてほしくないけど、日比野くんの人柄は間違いなくいいと思うよ。だから二人とも、恋愛感情はともかく、彼とは今までどおり友達でいてあげてね」
「ああ、だな。んで、これから広い目で見りゃあいんだよ。二人なら……モテるだろ。男は選びたい放題だ、じっくり時間をかければ結果は出る」
と俺が言えば、赤池さんから離れた浅間さんがぷっくりと頬を膨らませて、
「選び放題とか言わないでください! 私、腰の軽い女じゃありませんから! もうっ神宮寺先輩、毎日かなえ先輩の特訓を受けたほうが身のためですよ!」
とうとう温厚な浅間さんにも怒られてしまった。ああ、やっぱり俺はそういう人間なんだろうか。ふんっ、意外な形で再確認させていただいた。
「……ハッ、気をつけとくよ」
まあ、浅間さんの忠告が桜庭と赤池さんの笑いを生んでくれたのなら良しとするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます