1-13

「おい、大丈夫かよ? ケガはないか?」


 桜庭は弱弱しく顔を上げ、


「黙って見てくれててありがとう」

「……自分でケジメを付けるのがお前だろ。俺が止めたら怒ったろ」

「言い過ぎちゃったかな? けど、葵ちゃんも赤池さんも辛い思いしたしおあいこだね」


 桜庭は自力で立ち上がり、シワになった制服とヒモの解けたリボン等を整え、


「ねえ善慈くん、ちょっと付き合ってくれる?」


 そうして俺たちが向かったのは。


「ハンバーガー食べるの久しぶりかも」


 混雑した店内、俺と桜庭は二人用の席へと座った。向かい合わせの関係、互いの距離は近い。つーか混みすぎだろ、制服姿の連中がやたらと目立つ。混雑は好きじゃねぇんだよなぁ、イチャイチャを見る確率が高まりそうで。


 俺たちがやって来たのは学校近くのハンバーガーショップ。


 それにしても、校外で桜庭と二人きりになるのは随分と久しぶりのような気がする。そもそも、青春部が校外で共に行動すること自体レアなことなのだが。


「善慈くんは女の子とハンバーガー食べに行ったことある? ……あるわけないか」


 俺の返答を聞く前にセルフジャッジを下しやがった桜庭。だが俺は大きな声で反論することはしない。なぜならって、


「あるんだよなぁ、高校生になってから女子と二人きりで。お前と織川以外の女子でな」

「気持ち悪いドヤ顔やめてよ、食欲が失せるんだけど。てゆーか、一緒にハンバーガー食べるだけでモテた気にならないでよね?」

「わかってる、言われんでもな」


 その女子と二人きりってヤツも、ちょっとした都合があってのことだ。恋愛とか全く関係ない。


「善慈くん、緊張してる?」

「いや、してねぇよ?」


 ……厳密には嘘になる。意識はしたくなかったが、店内に入った直後は桜庭とデートしているかのような錯覚に襲われ、妙な緊張感に苛まれた俺。しかし桜庭と言葉を交わしていると、単に校内から場所が変わっただけなのだと感じ、一気に緊張感は萎んだのだ。


「あっそ、しろよ」


 ナニ憮然としてるんだか……。


「それはともかく、珍しいな、俺なんかを誘うなんて。食欲失せないか?」


 ストロー(中身はストロベリーシェイク)を口に含んだ桜庭、ちゅーと音を立てて、


「今回の件、一緒に総括してみない? って思って。それとお腹空いたし」

「反省会みたいなもんか。ああ、いいんじゃねぇの?」


 俺はハンバーガーの包みを半分ほど取り、口を開けてそれを頬張った。パサつきはあるものの味は悪くない。無駄な脂肪は付けまいと日頃から摂生してる分、余計味が良く感じるな。


「そんで、今回は桜庭の狙いどおりってことでいいのか?」

「いいんじゃない? 一件落着でしょ」


 桜庭もバーガーの包みを剥がして両手で一口。何気に俺の倍近い値段のバーガーを平気な顔して食べてやがる。


「日比野くんざまあみろで終わったんだし。ま、いい気味ってカンジ」

「そのために動いたのかよ?」

「そうそう、彼とベンチで話をしてからそう思うようにね。いつまでも決断を先延ばしにするのはムカツクし。ラブコメで例えたら、作者が引き伸ばしをしたいがために主人公の気持ちを都合よく弄るようなこと」


 バーガーから口を放し、ストローを口に含みつつ、


作者かみさまに操られてるなら仕方ないけど、結局は日比野くんの意志で全部やったことだもんね。それに葵ちゃんと仲良くして都合のイイ私の意見を刷り込ませることにも成功したんだし。ぜーんぶ思いどおりの展開だったよ」


 まるで他人事のような口ぶり。


「ハッ、桜庭も強がるよな」


 依頼者、浅間葵さんが榊原に連れられてきてから今に至るまでを見てきた俺ならわかる、この女の強がりってヤツを。普段人に素直じゃない捻くれ者と言っておきながら、一番素直じゃないのは誰だろうな。


 大きく目を見開いた桜庭だが、すぐに溜息交じりで表情を崩し、


「善慈くんにそう言われるなんて思わなかった。……まあいいや」


 俺とシェアするフライドポテトを一本摘まんだ桜庭、


「葵ちゃんを助けたかったからだよ。私はそのために動いた」


 口ぶりから察するに、本音のようだ。


「恋は時に心を傷つけるもの、とはわかってても……ね? 日比野くんとの関係どころか、友達とまでケンカするようじゃ……見てられなくて。とにかく葵ちゃんをどうにかしてあげたくて……」

「そうか。あーでもよ、一つ気になったことがあるんだが、いいか?」


「どんなこと?」

「あの二人に俺を実演させて示しただろ、女子に可愛いって言うことも、親切にすることも、そんなの誰でもできるんだって。けどよ、マトモに恋愛したことねぇ俺が言うのも何だけど、人を好きになる理由なんて何でもよくないか? 親切にされようが褒めてもらおうが、それがキッカケで悪いとは思えん」


 別に桜庭の行動に反対だ、というわけではない。ただ、理論が少し強引だったんじゃないかとは思った。


「善慈くんの言うとおりじゃないの? キッカケなんて人それぞれだし。親切にしてもらった、なんて理由もよく聞くし」

「じゃあ、どうして……」

「もう一度言うけど、私は葵ちゃんを助けたかった。だから日比野くんとくっつくことで助けになるならそうしてたし、実際はそうじゃなかったから私はああした。日比野くんと話をして思ったもん、この人じゃいつまで経っても葵ちゃんを苦しめるなってね」


 だからあえて『恋心』の距離を置かせるようにした、ということか。納得した。


「ねえねえ、せっかくだし恋愛について考えてみない?」

「……それ、俺に訊くことか?」


 野良犬に『恋愛とは何ですか? どんなふうに考えますか?』と伺うようなもんだぞ。


「野良犬に失礼だよ、それ。で、善慈くんはどう考える?」

「……ん……、何だろうなぁ……。一緒に一からつくり上げていくモン……とか? 思い出をゼロから積み重ねていく…………、こんな答えでいいか?」


 残念な頭を捻っても残念ながら浮かばないので、一般論的なことを適当に言ってみました的な言葉。だから自分の中でコレ、という答えではない。


「ふむふむ、意外とマトモな答えだった」

「そういう桜庭はどうなんだよ。俺だけには言わせるなよ? 結構恥ずかしいから」

「わかってるよ、私も考えてあるって」


 苦笑いしながら桜庭はバーガーを頬張り、


「私はね、お互いを大事に想い合ってからが恋のスタートなんだと思う。だから片思いなんて恋愛にカウントしちゃダメ。お互いを大事にし合ってこそが恋愛なのだ!」


 ビシッと決め顔で宣言。口元にソースを付着させているのは不覚ながら可愛いと思った。


「やっぱロマンチックなんだな、桜庭って。全然キャラに合ってねぇわ」

「ロマンチックでいちゃ悪い? キャラとか関係なく、すべての女の子の特権だもんね」


 そう言った桜庭は、飾り気のない無垢な笑顔を俺だけに浮かべてくれたのであった。


「……ふんっ、そうかい」


 まあ、それが桜庭かなえなのだろう。たしかに表向きの性格と裏向きの性格は結構違うし、コイツ性格悪いなと思うこともよくある。だけど表と裏、どちらが本性でどちらが偽りで、ということではないことも俺は知っている。だから胸キュンする彼女も、小悪魔的笑みで何かを企む彼女も、性格の悪さを露見させる彼女も、人間関係で困る人間に手を差し伸べる彼女も、全部が桜庭かなえなんだろうね。


 彼女の様々な顔を拝見できる俺は、ひょっとしたら幸せ者なのかもしれない。


       ◇◆◇


 桜庭に倣って、俺も恋愛について今一度自分なりに考えてみよう。


 ……とは言っても、お手上げ。俺には時間をかけても見つけ出せないものの一つだ。ただ浅間葵らの関係を見ている限り、相手に好意を抱くだけでは成立しないものらしい。たとえば日比野勇人のように今の関係を崩したくないという思惑、浅間さんのように友達との距離感を大事にしたいという思惑、複雑に絡み合えば恋愛へと進展しない。まったく、恋愛絡みの人間関係はマジ面倒だ、と今さらながら思うね。


 だから今回の結末、言葉を変えれば恋愛から逃げたうえでの着地点だったのかもしれん。「逃げた」と評したのは、別に桜庭の解決法にケチを付けているわけではない。本人にも言ったが、俺は特に文句なし。


 ただ、恋愛を成就させる難しさは今回の件で十分にわかった。複雑な思惑の絡みを解いて再構築してゴールへ導く難しさ、それは桜庭でさえも難しいもの。


 だけど、それでも――――。



 ――――諦めず答えを見つけ出し、自分が傷つくことを恐れずに、依頼者のために行動した桜庭かなえに対し、少なからずの憧れともよべるものを覚えた俺であった。

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