2章 ××××××は時に恐ろしく牙を剥くものであって、何よりも警戒しなければならないモノらしい。

2-1

 唐突だが、――――俺は女子が苦手だ。主に同級生。特に相手したくないのは目の前で集まる――……。慣れた桜庭かなえなどはともかく、同い年の女子との会話、いつも困ってしまう俺。それに体質なのか醸し出す雰囲気が原因なのか、避けられるわバカにされるわ弄られるわ名前を覚えられないわで散々。


 そして同級生の女子を相手にしなければならない主な場面といえば…………。


 ――――そう、教室。クラスメイト。


 今さっき女子についての熱弁を語らせてもらったが、ここでの本題はあくまで『クラスメイト』。女子うんぬんは愚痴……、もとい本題への導入と言ったところか。


 ともかく。


 俺は一つの教室に放り込まれ数十人のクラスメイトと過ごすのが好きではない。……いや、女子絡み以外でヤツらと過ごす日常を好まない理由は思えばまだあるか。というか、そっちがメインの理由なのかもしれない。なんだか苦にすることが多くて文句ばっか言って……、ワガママ男だな、俺。ま、思うだけならいくらでも愚痴はこぼさせてほしい。


 ……教室、……クラスメイト。考えるだけでも気が滅入る。


 教室の隅で置物になっているこんな俺から見れば、一見平和そうな教室もサバイバルなのだ。一歩間違えればクラスメイト全員が敵に変貌するし、それに連中とは平等な存在ではない。スクールカーストなんてしょうもない言葉も存在するくらいに。ハッ、嘆かわしいねまったく。だが、それが教室というものであり、クラスメイトという本質なのだろう。その本質とやら、やっぱり何年経っても好きになれん。


 と、一人突っ立ってあれやこれやクラスメイトに対する愚痴を漏らしたのは、薄々感じ取った予兆があったからだろう。――――これからクラスメイトとの人間関係に巻き込まれる目の前の彼女をいずれ目撃するという予兆を。


「……――ははっ、それはないって。スイーツ食べてれば女の子らしいて言ったら男の子に失礼だし」


 放課後の教室、窓から差し込むのは昼の明るい光。季節は六月中旬、この時間帯の光に赤みはない。個人的に青春とやらの雰囲気を感じるのは夕焼けを浴びた放課後の教室なので、何となく物足りないと不満に思うこの俺、神宮寺善慈。


 ……いいや、今の俺が不満に思うのはその程度のことではないな。


「……――えー、そうかな? やっぱりパフェにはバナナが一番でしょ。りんごやオレンジよりもバナナのほうが空気読んでくれるって」


 とある教室の中央、数人の女子が机や椅子に腰掛けながら何とも楽しそうにくっちゃべっている。その話題は『おいしいスイーツについて思うところ』、至極どうでもいい話だし、極力甘いものは控える俺には興味の薄い世界だ。


 どうしてこの俺が、ギャルっぽさ全開の女どもから一歩距離を置いてキャハハウフフな会話をポツンと聞いているのかって? ふんっ、俺だって理由を訊きたいくらいだ。

 髪型には最大限の工夫を凝らし、着用する制服はリボンを取る、ボタンを一つ外す、スカートを短くするなどエロく着崩し、デコレーションされたスマホを弄り会話に参加する女ども。


「……――む~っ、やっぱりバナナ! チョコソースにも生クリームにも最高の組み合わせだもんっ。それは絶対に譲らないからね! …………ねー、ぜんじー?」


 おっと、話を振られてしまった。


「スマン、全然聞いてなかった……」


 せめて俺に振るための複線は用意してほしかった、というワガママを知る由もなく、俺に会話の参加を求めてきた金髪お団子ツインテールが柔らかそうな頬をムッと膨らませ、


「もうっ、ちゃんと女子トーク聞いててよね。ぜんじーは女の子慣れしてないんだからさあ、ハナシ聞くなり勉強しないと。……ってほら、そうやってゲンナリしないの」


 スイーツトークを聞いて何を勉強しろというのか……。野球、サッカー、アメフトの話なら同級生の女子相手でも渋々参加してやったのに。


「女子ってやっぱバナナの形が好きなのか? ……いや、俺には理解できねぇけど」


 彼女は顔を紅潮させ、その大きな胸の膨らみを強調させるように前屈みで俺を睨みつけ、


「ちっ、違うからバカ! てゆーか、形が好きなんて言ってないし! あたしは口に入れた時の食感とか、味とか、生クリームの相性とか……そーゆーのが好きなだけで……」

「結構卑猥なこと言ってんな、お前。口に入れたとかわざわざ言う必要あるか?」

「う~っ、イチイチ揚げ足取らないでよっ。ふんだっ、ぜんじーのイジワル。だから女子に距離置かれるんだよっ。せっかくここに連れてきてあげたのにっ」


 最後は呆れたようにプイッと顔を逸らしたのだった。


 織川舞夏おりかわまなつ。青春部、部員ナンバー4。


 顎に掛かる程度の金髪ショートヘア、両耳のやや上付近を団子の形に結んである。俗に言うお団子ツインテールの髪型だ。細く整えられた眉にパッチリとした大きな目、そして愛らしい童顔。桜庭かなえのルックスを『美人』、『美少女』と強調するならば、この織川舞夏のそれが強調しているのは『かわいさ』、『愛らしさ』という面だろう。


「……織川が俺を連れてきたのも、友達と上手くいってないって相談があるからそれを手伝ってほしい、って言ったからだろ」


 お仲間であるギャルの集会に連れていくとは一言も聞いてねぇよ。あー、マジでアウェー感満載。彼女らには悪いが居心地は悪い。

 俺と織川がそんなやり取りをしていると、ゆるふわ巻き髪が特徴的な女子の一人がクスクスと俺らを笑って、


「そこの……じん……? ごめん、名前忘れちゃった。けど女の子としゃべれてるじゃん。舞夏が言うほど心配しなくてもよくない?」

「一見そう見えるでしょ? でもね、あたしとかなっち……えっと、桜庭かなえって同じ部活の子くらいしかまともにしゃべれないんだよね」


 まあ、そういうことだ。桜庭かなえやこの織川舞夏としゃべっても、結局は二人に慣れているだけなのである。ただし、それはあくまでも同級生の女子に限ったハナシであって……、


「いや織川、先輩と後輩相手なら何とかしゃべれるぞ」


 先輩なら敬語で誤魔化せるし、後輩相手なら優位な気持ちに立てそこまで苦にはならないのだ、不思議なことに。

 疑問を呈した巻き髪女子は微笑ましそうに織川を見て、


「でもでも、二人って仲良しだよね。あれ、ひょっとして……お付き合いしてたり?」


 織川は頬を染め、慌ただしそうにブンブンと手を振って、


「ちっ、違うよぉ……。ぜんじーとあたしは……そっ、そんなんじゃないもん!」


 と、可愛らしい態度で否定してくれた織川。これがあの桜庭かなえなら『善慈くんと私なんてつり合うはずないじゃん』と、影で舌打ちを交えながら嫌味を放ってくるからね。

 織川は戸惑いを表情に残しつつも、ここにきて初めての真面目な顔を見せ、


「えーっと本題に入るけど、友達と上手くいってないってのは――……」

「ってオイ、それは本当だったのかよ!」


 織川は天然っぽくちょこんと首を捻り、


「そうだよ? えっ、さっき言ったじゃん。相談に乗りたい子がいるから手伝ってほしいって」


 マジかよ、その前振りにどれだけ時間がかかってんだよ……。

 しばらくこの居心地の悪さから逃れられない事実に落胆し、一つ溜息をつく俺であった。

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