2-2

 翌日、放課後。


 この俺、神宮寺善慈は頭を捻っていた。――クラスの学園祭の出し物は何にしたらよいか、という問いに対して。


「なあ、桜庭のクラスは学園祭で何するんだ?」


 相談者席に座ってスマホゲームに興じていた黒髪ロングの女、桜庭かなえ。本日のヘアバンドは白と黒のチェック柄、女神と称しても許されるであろう端正な顔立ちを俺に向け、


「私のクラス? 明日決めるって。善慈くんのクラスは?」

「同じく明日決めることになった。あー、何て言やぁいいんだろうな?」


 提案したいヤツが勝手に発表するスタイルならよかったものの、教室の隅から順に、すべての人間に意見を出させる予定だと本日宣言しやがった実行委員。ったく、本来なら黙って目でも瞑ってやり過ごす予定だったのに。下手なことは言うまいと戦々恐々だ。


「ベタでいいんじゃない? 宝探しとか、アンケート発表とか」

「その二つ、並べて言うもんじゃないだろ」


 と、俺らが学園祭について話をしていると、


「うぃーっす。おっ、今日は二人いる」


 ガラリと開いた扉、入ってきたのは金髪お団子ツインテールが特徴的な織川舞夏。いつも座る窓側の席へは腰掛けず、なぜか相談者窓口へと座った。


「あれ、舞夏ちゃん? いつもはあっち側に座ってなかった?」

「んーっとね、実を言うと相談事が……」

「てことは、相談者を呼んだってこと?」

「えーっと、いやー……その……、相談者はあたしで…………」

「なんだ織川、悩みでもあんのか?」


 様子を見る限り、深く悩んでいるような素振りは見られない。昨日だって女連中と楽しそうに笑っていた記憶もあるが。

 織川は申し訳なさそうに上目使いをしつつ、


「相談ってのはその……、あたしのクラスの出し物……一緒に考えない?」


 しょうもなさすぎる相談だな、真剣に聞いて呆れる。俺だってそこに座りたいくらいだ。


「ならその席に座るなよ。てか、人間関係と無縁じゃねぇか」

「あたしだってそれわかってるから控え目な態度取ったんだよっ。だから一緒に相談してよ、もう……。けちんぼぜんじー」


 控え目な態度取ったら甘えてもいいのかよ。ふん、女はこれだからな。

 俺と織川の間に入った桜庭、まあまあと宥めながら、


「舞夏ちゃんはどんな出し物を希望してるの? 実現できるかどうかは抜きにして」

「あっ、喫茶店やるのは決まったの。そんでなに喫茶をやればいいのか、ってお題を課されて……。あたし、そーゆーのあまり詳しくないから……」


 なんだ、それなら話は早いじゃないか。


「俺はスポーツ喫茶を押したいね。野球、サッカー、バスケにバレー、卓球やらのユニフォーム。それを着てサービスするんだよ。爽やかでいいだろ」


 喫茶と聞けば、最初に思い浮かぶのはやはり女子のサービス。だけれども高等学校という場、不健全なサービスはよろしくない。だから爽やかな青春の象徴、すなわちスポーツを押していくべしッ。つまり俺の意見最強というワケ。


 桜庭は困惑気味に黒目をよそに向け、


「なんか汗くさそうだし、汚らしいし……。爽やかさは感じないこともないけど……」


 桜庭だけではなく織川までも、


「それって喜んでくれるのかなぁ? かなっちも言ってるけど、食べ物とユニフォームを組み合わせるのは……食欲が進まないような……」

「あぁ!? 文句付けんならお前らも意見言ってみろよ」


 俺も遠慮なくボロクソに貶してやるからよ。


「それで困ってるんでしょ、あたしに訊かないでよね!」

「おいおい、逃げるなよ。自分の答えを出せよ、ほら」

「うう~っ」


 頭の団子を掴んで唸る織川だが、対照的に桜庭は何かを閃いたようにポンと相槌を打ち、


「あっ、いいこと考えた。アレがあったんだ。アレを着て喫茶すればいいじゃんっ」


 しなやかな指先をビシッと部室隅に向けた桜庭、その先には白い紙袋が一つ置いてあった。


「んなっ!! かっ、かなっち……、本気?」


 頬をヒクヒクと引きつらせる織川。…………?


「一週間前からあるよな、あの袋。中身見てねーけど何だ、あれは?」


 桜庭は部屋の隅まで歩むと、白の紙袋の口を俺に開いて見せ、


「じゃじゃーん、水着ですっ。一週間前、一緒にお出かけして買ったんだよね、舞夏ちゃん?」

「でもかなっち、ここ学校だよ! ……いっ、いいの?」

「夏の合宿に備えて買った水着だけど、いいじゃん舞夏ちゃん。今からお披露目会ってことで」


 ちょっと待ってほしい、夏の合宿と桜庭の口から聞こえたような気がする。


「ひょっとして行きたくないとか? どうせ夏休み中は集まらないんだし、一回くらいはいいでしょ?」

「いや、問題はそこじゃねぇよ」


 たしかに貴重な休みを何度も潰すなら億劫だが、数回程度の集まりならまあ問題ない。ただ、水着を着るということはつまり……、


「海は嫌だぞ。山にしろ、山。俺は避暑がしたいんだ、海はゴメンだね」


 そもそも海パンを着るのも好まない俺(下半身に感じる感触がムリ)。それとあの人混みはマジでキツイ。


 だけど桜庭はしてやったり、と言いたげに笑い、


「なら尚更水着のお披露目を今からしないと! 山に行くようなら見せられないだろうし。ほら舞夏ちゃん、善慈くんにセンス見てもらうために水着選んだんでしょ?」


 そんなこと言っといて、どうせ山の上の川で水遊びに興じる光景が目に浮かぶ。

 織川も織川で、まんざらでもなさそうに、


「まっ、まあ…………せっ、せっかく買ったんだし? それに、あたしのセンスを見せられないのは残念だなー。……よしっ、あたしも着る!」


 何を意気込んでるんだか……。


「………………」


 だけど二人の提案を止めない俺も俺、自分が一人の思春期男子高校生だという事実を改めて自覚したのだった。

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