2-3

「いいよ善慈くん、入って」


 桜庭と織川が着替え終えるのを廊下に立って誠実に待っていた俺(断じて窓の隙間から覗いてなんかないからな)、桜庭の許可に従い戸を引いた。


「おおぉ……」


 そこに立っていたのは――――――、


「どうかな、善慈くん? 完璧でしょ」


 まずは一人目の桜庭。着用するのはオレンジ柄のビキニ。

 決め顔で背中中段まで伸びた黒髪をフワリと手で払い、身体の線を強調するように左手を腰に当てたポーズを取る。そのスタイルは水着という薄着になったからこそ、さらに完璧さを強調付けていた。ノリノリだな、桜庭は。


「まっ、まあ……いいんじゃね? やっぱスタイルは素晴らしいわ」

「おっ、善慈くんが褒めた。やっぱり私ってすごい!」


 決め顔のままイタズラっぽくウインク。自画自賛や傲慢、驕りもこの女ならすべて許されるのかもしれない。


「ねぇぜんじー……、あたしはどう? かなっちが隣だと自信ないけど……」


 二人目は織川。着用するのは黒主体のビキニ、金髪に映える色合いだ。

 桜庭とは対照的にもじもじと恥ずかしがる織川、ビシッと立つことはせず縮こまり気味。普段の明るい振る舞いからのギャップ、悪くはない。締まり気味ではあるものの、隣の黒髪ロングほどスタイルは完璧というわけではない。だが……、


「……すっ、すげぇ」


 その胸にぶら下げているモノ、破壊力が凄まじい。

 気味の悪い視線に気づいたのか、ハッと俺を見てバッと胸元を両手で隠し、


「……やぁ……、ここ見ちゃダメ……っ」


 しかしその動きを取ってもなお、隠しきれないそれ。身長は桜庭とさほど変わらないにしても、バストの大きさは一回り違うんじゃねぇの? と思えるほど。

 いろいろと衝撃的な光景を目に収めて唖然と言葉を失っていた俺。そんな俺に織川は照れながらも、パッチリと大きな目をじーっと細めこちらを見て、


「あたしには感想ないの? かなっちには言ったでしょ?」

「あっ、ああ……言わんでもわかるだろ。いろいろとすげぇよ、織川は」

「それ、褒めてるの?」

「安心しろ、褒めてる。この俺が褒めるんだ、よっぽどだろ」


 何様だ、俺。

 だけど傲慢的な感想を聞けど、織川ははにかみながら、


「ありがとっ」


 眩しい顔を向けてくれたのだった。ヤバい、グッとくる。まったく、どこを向いていいのやら……。

 桜庭は用意したカップに茶を注ぎながら、


「さーて、水着喫茶のスタートだね」

「具体的には何やるんだ? けしからんサービスは摘発される可能性があんぞ?」

「ま、とにかく座って善慈くん、サービスは私たちの仕事だし。けしからんかどうかは善慈くんの感想次第ってこと」


 そういうことなので、俺は窓側の席へと座らされる。左隣には織川も。普段は距離などそれほど気にしないものだが、こうして肌の露出が多いと織川への距離が妙に近く感じてしまう。


「……えへへ、やっぱちょっと恥ずかし」


 照れを誤魔化すように浮かべた笑み、幼さの残る愛らしい童顔、そして反則級の胸。しばらくはこの残像が脳裏に残りそうだ。

 桜庭は準備した飲み物や菓子類を盆に乗せて、


「はい、お待ちどうさま」


 乗せたものを机に置く際、少し前屈みになる桜庭、自然と胸の谷間が強調される。織川と比べると物足りなさは感じるものの、それでもえらい犯罪的なサービスだ。

 そうして俺の右隣に桜庭が、左隣に織川が座る格好となった。


「やっぱ近くね!? もう少し離れろって!」


 二人に挟まれることでより一層感じられる圧迫感。椅子と椅子の距離は十センチ程度、二人の存在が嫌というほどまざまざと感じられる。


「ぜんじー戸惑いすぎ。水着喫茶だよ? 水着でサービスするのは当たり前じゃん」

「そう言うお前だって照れてんじゃねーか。織川に言われる筋合いはねーよ」

「でも善慈くん、照れるならわかるけど戸惑うのはどうなの? もうちょっと嬉しそうにしてくれてもいいのに」

「うっ、うっせーよ。そりゃあ戸惑うわ」


 薄着の女子なんて生では滅多に見ることねぇからな。俺の経験不足を舐めるな。


「それでかなっち、どんなことすればいいの?」

「お客さんの隣に座っておしゃべりしてればいいと思うけど?」


 高校の学園祭でやるような健全な喫茶店からは程遠い気がするぞ。


「いらっしゃいませ、注文メニューはどうされますか、って客に伺って、頼まれたモン持ってこりゃあいいんだよ。それ以上のオプション付けると流石にマズイわ」


 慣れない雰囲気もあるせいか喉が乾くので、机に置かれた麦茶で喉を潤す。潤すついでに…………織川の水着姿をチラリと目に入れてみた。


「織川、ちょっと腹の肉が出てないか?」


 いや、桜庭ほどではないにしてもスマートな体型の織川。ただ、比較対象が隣の桜庭なので…………、


「ちょっ、お腹周りはダメ! ……デリカシーのないぜんじーにはもう見せてあげないもん」


 そう言うとその場を立ち上がり、窓際に置かれた巨大なクマのぬいぐるみを持って元の席へと戻り、


「まーぽん抱っこすれば見られないもんねー。ざまあみろっ」


 ドヤ顔で腕に力を込めて、ぬいぐるみを身体に密着させたのであった。柔らかそうな胸、形を変えてやがる……。


 ……その光景は、それはそれで見どころ満載だと思うが。……ま、言わないでおこう。


 その時、ガラリと扉が開き、


「うぃーっす…………ってテメェら、何やってるんだよ!?」


 入ってきたのは我が青春部のトップ、篠宮天祷。整髪料で整えられた耳を覆う程度の茶髪、洒落た四角縁のメガネ、女成分の入った中性的な顔立ち。中肉中背、身に纏う夏服の下には黒の長袖を着用している。


 篠宮は力説するがごとくオーバーリアクションで両手に力を込め、


「ここは健全たる青春部だぞ!? 風紀委員にでも見られたらどうするんだ! 生徒会に報告されて部費が削られるだろうが!!」


 まずは部費の心配かよ。俺の両手の花に対して一切関心を見せないのは男としてどうなんだ。

 篠宮は呆れたように頭を抱えながら、


「なんだ舞夏、神宮寺のサンドバッグ抱えてどうした?」

「サンドバッグになんかしてねぇよ!」

「違うよアマトくん、ダッチワイフじゃなかったっけ?」

「ねぇよ、断じてねぇ」


 つーか、桜庭だってぬいぐるみ抱えてるだろ。俺愛用のオモチャでいいのかよ。


「ヤッバ、その発想忘れてた。うえーキモッ」


 やっぱ訊かなきゃよかったと後悔。


「それはそうと舞夏、榊原センセイから調理室の使用許可取ってきたぜ」

「調理室の許可だぁ? まさか織川、何か作るのかよ? ……信じられねぇな」

「なに疑った目で見るの? いいじゃん、あたしだって料理作りたいもんっ」


 そう苦言を呈しつつも篠宮に礼を述べた織川、


「うーんとね、喫茶店で出すメニューはもう決まってるの。実はそのせいで宿題が出てまして…………」

「舞夏ちゃん、そのメニューとやらは?」

「オムライスだよ。火は使っちゃダメだから、電気の力で簡単に調理するためにって」


 そして織川いわく、どんな手順で作れば時間を短縮できるか、味がおいしくできるか、コストが削減できるか、などを各々試してきてほしいと頼まれたとのことだ。すっげぇ面倒な宿題だな、俺だったら嘘報告して終わりだ。俺のクラスはまだ良心的だったのだと考えさせられる。


「で、今から調理室で、俺たちがオムライス作りをするってことか?」

「そういうこと。ああ、面倒なら無理に来なくていいぞ?」

「いや、俺も行く。小腹が空いた、それに暇つぶしにもなる」


 そういうことらしいので、俺たち青春部は人間関係と全く接点のない、オムライス作りという課題に尽力することになった。

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