2-4
調理室へと場所を移した青春部。
「センセイは冷蔵庫の残り物を全部使っていいって言ってた。さてと、始めるか」
あの女が使用許可を出したのも、残り食材の処理を俺たちに任せる絶好のチャンスと考えたからであろう。食あたりにでもなったらトコトン榊原を恨もうか。
「あっ、篠宮くん、あたし卵かき混ぜてもいい?」
「織川は黙って見てたほうがいいだろ、調理が化学の実験になる。お前、壊滅的に料理が下手だよな?」
もちろん水着から夏服に着替えた織川、むむむっと眉を吊り上げ、身を乗り出すように俺に顔を向け、
「あたしを舐めすぎ。卵くらい織川さんでも割れますよーだ。かき混ぜるくらいお箸でぐちゃぐちゃすればいいんだし」
度々この織川の腕前を拝見する機会があるが、成功とよべるような結果は一度たりとも見たことない。……まあでも、卵を混ぜる程度なら大丈夫か。なんだか愚図るガキにオモチャを与えるような感覚だな。
「神宮寺、冷蔵庫の中確認して使えそうなヤツは全部出してくれないか?」
「あいよ」
篠宮に従って冷蔵庫を開けてみれば、ピーマンやニンジン、キャベツ、それに玉ねぎが野菜室に、開き戸の中には卵と冷ご飯が入っていた。その他の食材も散乱していたものの、残念ながらオムライスには応用できそうもない。
机に並べられた食材を見た織川は顔をしかめ、
「うわっ、これじゃあ具の無いオムライスになるじゃん……。海音ちゃん気が利かないよ~」
「玉ねぎはベターじゃね? ピーマンもにんじんもキャベツもアリと言えばアリじゃね?」
「えー、お肉欲しいなぁ。おにくおにくぅ……野菜だけはやだぁ……」
ったく、ワガママな女だ。そんな好みしてるから胸に脂肪が溜まるんだろ。
篠宮がワガママ織川の肩を背後から掴むと、自信満々に口元を綻ばせ、
「安心しな、俺がおいしく調理してやるからよ。味付けは俺に任せて、舞夏は卵でも混ぜてな」
そうして俺たち三人の顔を順に見据え、
「よーしテメェら、俺が調理の指揮を執る、いいか? 舞夏が卵とき、かなえがピーマンとニンジン、キャベツの下ごしらえ、神宮寺が残りの食材の下ごしらえ、異論ないな?」
「りょーかい!」
「うん、わかった」
「よし、取り掛かるぞ!」
織川、桜庭、篠宮はすぐに散っていく。
オイ、ちょっと待てよ。
「どうして俺が玉ねぎを切らなきゃならんッ」
罰ゲームだろ、玉ねぎの調理は。誰が涙目になりたいって言ったんだ。
「神宮寺はアウトドア派だろ? 料理の経験もあるだろ? ほら、適任だ」
とんだ謎理論だな。
しかし俺が文句を言っている間に織川も桜庭も各工程に取り掛かっていたので、時すでに遅し。俺は渋々持ち場に移動することにする。移動の最中、織川と桜庭に近づいた際には丁寧に舌打ちをしてやった。
「あーピーマン切りてぇ、ニンジン切りてぇな」
俺はまな板と包丁を準備、玉ねぎをセットし覚悟を決めて調理に取り掛かる。
「善慈くん、女々しすぎ。いいでしょ、さっきは水着姿拝んだし。拝観料は誠意で払って」
向かいの桜庭はそう言いながら半分に切ったピーマンを細く刻んでいく。口には出さないでやるが、切られたピーマンの幅はバラツキが生じており少々不恰好。見た目に反してあまり料理が上手くない桜庭である。
「うわっ……キャッ!」
黄色い声の方を向くと、ピチャリと俺の顔に黄金色の液体が付着した。
「卵くらいかき混ぜられるって言ったのは誰だ? それじゃあ嫁に行けんな」
「余計なお世話ですっ。これから修行するもん!」
ここで冷ご飯の解凍と調味料の整理をしていた篠宮が、織川の持つボウルと菜箸を受け取り、
「卵はこうやってかき混ぜるんだ。肩に余計な力は入れず、箸を上下に動かす感覚でな」
解説を交えつつ、慣れた手つきで箸を動かすのであった。
「はえ~、すごいすごーい」
織川もパチパチと拍手して呑気に感心している。
「流石はサラブレットだ、上手いな」
何せ篠宮の父はホテルで活躍する洋菓子のシェフ、母は実家で和菓子店を経営しているのだ。
その後、涙を流しつつの俺の尽力のおかげで下ごしらえが完了した。
篠宮部長が熱したフライパンに食材を投入し、
「俺が提案するのは、あらかじめ具材を調理する方法だ。
手際よく食材を炒め調味料を振りながら篠宮はアドバイス、織川は熱心にピンクのメモ帳にペンを走らせる。
「あれ、ケチャップは混ぜないの?」
「そうしたいところだけど、ケチャップ混ぜるとコストと手間がかかるんですよね。だから卵の上のケチャップで許してもらう作戦だ。ま、俺はそっちのほうが好みだし」
「それに舞夏ちゃん、火力の問題もあるでしょ。卓上IHの熱量じゃ、ご飯がケチャップでベチャベチャになるかも。おいしく食べるためにはアマトくんの提案が一番じゃない?」
「ああ、だな。客席を確保した教室だ、必然的に調理場は狭くなる。裏方を減らすためには手間を減らさなきゃならん」
織川も閃いたようにハッと目を見開き、
「費用もなるべく抑えたいよねっ。利益はともかく、マイナスはマズイし。お金で損すると後味も悪くなっちゃうし」
薄い卵焼きを焼く篠宮は嬉しそうに、
「流石は青春部だぜ、細かい所に目が向かうね。依頼を通してしっかり目を養ってるようだな」
どうしても人間関係、すなわち細かい人の動き、感情などに注意して動かなければならない俺たち、必然的に『気配り』というものが身に付いてしまうのだ。
そうして篠宮は薄卵焼きに具材を混ぜ合わせたご飯を乗せ、クルンと綺麗に巻いて、
「――――完成!」
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