1章 叶えましょう、キミの学園青春ラブコメディ!

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 アウェー感満載の忙しい職員室。前方の職員机には超難問を揃えた数学のテキスト、担任会議の資料、料理本等が雑多に置かれている。


 目の前の若い女教師は黒に近い茶のロングの髪を弄りつつ、


「部室の移転? ……却下。神宮寺も知ってるように部活は飽和状態だ。空き教室の手配は難しい。それに空調の設置も金銭の問題で無理。映画の調達は自分たち……篠宮が勝手にやってくれ」


 雑な文字で簡潔にまとめられた紙きれを、訝しげな表情を交えながらペラっと俺に渡した。左手の人差し指にはめられた指輪が、キラリと大人の象徴を見せつけるように鈍く光る。


 榊原さかきばら海音うみね。数学教師でもあり俺たち青春部の顧問。


 上は黒のTシャツ、下はジーンズというラフな格好。首元にはシルバーのネックレス、両手首には洒落た腕輪、両耳にはピアスなど、身体を彩る装飾品は多い一方、


「というか人間関係の相談を受け持つ以外、くつろいでるだけの活動だろ? まったく、贅沢を要求しないでくれ」


 女の広告である顔を覆う化粧は薄めで、その端正な顔立ちを溜息混じりで俺に向けてきた数学教師。若さもあってか、大学生にしか見えない外見だ。


「あぁ? 俺に言われても困るんだが。部長の代理で来たんだ、文句は聞きに来てねぇよ」

「あーあー、わかった。それと、年上のお姉さんに対してはもう少し丁寧な言葉使いで接してくれたまえ。シャキッと立って瞼をもう数パーセント開いてくれると尚よし」

「少し力抜いてるくらいがいいんだよ。目上の相手するなら話は別だがな。ま、女相手ならこれでも構わんだろ」


「……だから女子に疎まれるんじゃ? ああ、そもそも存在に気づかれないか」

「気づかれないならそれはそれでありがたい。目立たず穏便に過ごせるなら、顔が悪かろうがいいんだよ、別に」

「そのくせモテないことに僻んでるクセに」

「…………ッ」


 それにしても、まだかよあの男は……。こんな俺じゃ長時間戦えんことはアイツも十分承知なはずなのに。

 待っていても仕方ないか、やれやれと鈍い動きで回れ右をした、――その時だった。


「スマン神宮寺、遅れちまった。ふっ、後は俺に任せとけ」


 覇気のない俺とは対照的な発声。その姿は中肉中背、だがもやしとよんでも差し支えがない程度には線が細い男。


「遅せぇよ。ギリギリアウトだ」


 ポンと俺の肩を叩きつつ整髪料で整えた茶髪を靡かせ、女成分の混じった中性的な顔立ちを自信満々に前方の数学教師ラスボスへと向け、


「まあセンセイ、要求は一旦置いとくとしましょう。それよりも部費の交渉を」


 篠宮天祷しのみやあまと。青春部、部員ナンバー1。そして部の創立者であり部長でもある男。


「ほうほう、成果が伴ってれば、私も職員会議と生徒会会議で熱意の籠った交渉をしてあげる」


 ニヤリと笑った榊原教諭、篠宮部長は一枚の紙きれをドヤ顔で彼女に渡し、


「四月、五月で解決した人間関係の相談、依頼は全部で十三件です。入学したものの友達のできない一年には同級生を紹介してやって、恋人に酷いフラれ方をされたら仲裁をしてやって、不当に干された野球部員をレギュラーに復帰させてやって――……、解決した人間関係の数だけ生徒が救われた。ふふっ、どうですか?」

「そうか、お疲れさん。その成果なら部費の交渉にも使えそうだ」


「校内の活動のために自分を犠牲にする俺たちなら、他と比べてご褒美とよべるものも貰える権利くらいは――……」

「偉い活動だとは褒めてあげるけど、元は部費を集めるために渋々始めた活動じゃなかったか、人間関係の解決は?」

「……うっ、……んん……まっ、まあ……」


 苦笑いで目を背ける篠宮だが、チラッと俺の方を向いて、


「最低だな、神宮寺。生徒の弱みを金に結び付けるなんて」

「創立者はお前だろっ」


 俺だって弱い立場に置かれた人間を助けたいって立派な目標持って活動してるんだ。金に執着する部員は篠宮くらいだろ、まったく……。


「あーセンセイ、二組の豊川には注意しといたほうがいいっスよ。放課後、友達の誘い断って一人で帰るケースが最近になって目立つんですよ。俺のレーダーがビンビンに反応してる」

「篠宮がそう言うなら要注意だな、わかった。カネにはがめついけど、人間関係の眼力に関してはズバ抜けてるからな、部長さんは」

「アドバイスのご褒美に、せめて娯楽費として映画のレンタル代だけでも……」

「却下。ハイ、これで話は終わりだな? じゃーね、ばいばーい」


 無表情で手を振り流れを切った榊原、やむなく俺と篠宮部長は退散となった。


「娯楽くらい学校側で用意してくれてもいいのにな?」


 ぶつぶつと文句を恨みがましく文句を呟く篠宮だが、


「あースマン神宮寺、俺は今から部活会議がある。悪いけど一人で部室行ってくれ。……おっ?」


 篠宮はチラリと背後を伺い、


「早速仕事がありそうだぜ。んじゃ、アイツと解決頑張ってくれ」


 何を見てそう言うんだ、と思い篠宮同様背後を見てみれば、一人の女子生徒が不安な面持ちで職員室に入ってゆくのが見えた。それはたった今すれ違った女子。垣間見ただけなので、不安な面持ちしか確認できず細かい顔のパーツまでは気を配れなかったが。


「早速仕事って……って、いつの間に」


 気が付けば、青春部部長の姿は消えていた。置いてけぼりの部員ナンバー3、神宮寺善慈。


「ふんっ、あの女と解決か。こりゃあ骨が折れそうだ」

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