0-13

 放課後。


「散々迷惑を掛けてしまってスイマセンでした」


 深々とこうべを下げたのは高坂だった。

 この部室にどこか緊張した様子を纏わせて、高坂はやって来たのだ。


「ああ、俺たちのことはいいぜ。ついでに神宮寺にも謝っとけ」


 映画を見ていた篠宮はイヤホンを耳から外し、俺のことをついで呼ばわりしながら和やかな雰囲気で返答した。


「……神宮寺もゴメン。あの時は色々とカッとなってて……」

「織川にもキチンと謝ってやれよ? お前の一言、結構傷ついたんじゃねえの?」


 高坂は申し訳なさそうに、


「……どうかしてたよ、私。舞夏にあんな態度取るなんて……。もちろん、何度も謝ったよ。舞夏は私のことを一生懸命考えてくれてるって、この二日間で良く分かった」

「そうか、なら構わん」


 一件落着、そう思ったが、一つの疑問点がまだ解決されていない。


「高坂はどうして菱野に告白したんだ? 織川が菱野を好きなのを知ってたんだろ?」

「……好きってか、なんとなーく気にしてるような感じがしたけど。けど私だってこーちゃんのことが好きだったんだから!」

「しかし織川の告白一分前で、織川の前で男を横取りするのはマズイだろ……」

「…………え?」


 ポカンとする高坂玖瑠未。その様子から察するに、高坂は織川が菱野へ告白しようとしていたことを知らなかったようだ。偶然の重なり、それもタイミング悪く。

 篠宮が苦笑いで、


「俺が一連の流れを説明してやるよ」


 そう言って篠宮が説明を始めていく。比例するように高坂の顔が青ざめていった。


「…………そんなっ、うそ……」

「ああ、そんなに気落ちすることねーよ。だって織川は菱野のことを……。おっと、俺がこれ以上言う必要はないな。後は高坂と織川で話を付けてくれ。なーに、そんな顔をするな。きっとすぐに話は付く」


 不安な面持ちを抱えながらも、高坂は再び頭を下げて部室から去って行った。

 篠宮は席を立ちあがり、凝った筋肉をほぐすためか伸びをして、


「あーっ、これにて一件落着か……。あれ? これって部が成立してから初の事件解決か?」


 そういやあそうだな。雑用はこなしても、明確にこの学校で起きた、俺たちが巻き込まれた人間関係の問題を解決したのは初だ。


「でもよォ、織川が解決したようなモンだろ? 俺たちの手柄じゃねえし……」


 強いて言えば、俺も解決には一役買ったが……だけれど根本的には織川のおかげだ。

 だが、篠宮はなぜだか不敵に笑った。


「いや、これはボランティアの会、もとい洋画研究部のおかげなのさ」

「…………? 手柄の横取りはみっともないぞ?」

「ハッ、そうじゃねぇよ」


 どういうことだ? 俺が再び事情聴取を乞おうとした瞬間――――元気よく部室の扉が開かれた。


「こーんにっちはー!! 今日からボランティアの会に加わった織川舞夏でーす!」


 今、織川は何て言った?


「どういうことだ、篠宮……。説明しろ」


 篠宮は部室の隅に置かれた机の上にある紙を摘まみ、


「これ、入部届けだ。今日をもって正式に織川はこの部のメンバーになった」


 胸をナチュラルに強調させながら織川は上目使いで、


「ぜんじーは嫌? あたしと一緒なの嫌?」

「いや、嫌じゃねえけど……。まさか織川がこの部に入るとは……。ビックリしたもんだ」

「織川は俺、神宮寺、かなえ、イーさんよりも誰よりも優しい心を持っている。織川はこの部のオアシスになるだろうと思って、俺が直々にスカウトした」


 篠宮が妙に織川を気になっている理由が分かったような気がした。


「織川はいいのか?」


 織川は迷うことなく頷いて、


「うん。あたしも困ってる人を助けてあげたいな、って思って。みんなと比べて要領が悪いかもしれないけど、あたしも頑張る!」

「その心意気は素晴らしいが、この部の本質は人助けじゃないんだなぁ。洋画を見て語り合うことが、この部の本質なのさ!」

「えっ、そうなの! あたし、洋画なんてほとんど見たことないし……」


 と、ここで英語の宿題をしていた出雲が織川をフォローするように、


「大丈夫だよ、洋画は関係ない集まりだから」

「オイオイ、俺が監督から俳優まで、手取り足取り教えてやるから。んー、まずは織川の好きそうな――…………」


 はたして織川は篠宮の洋画好きの餌食にされるのだろうか。この先織川が篠宮レベルで映画を語っているとしたら…………ま、考えるのは止そう。

 そんなこんなでこの部には新たなメンバーが加わった。頼もしいとか頼りないはともかく、華やかさは出るだろう。出雲も桜庭も織川を歓迎していたのだし。


「それで織川、菱野のことはもういいのか? 今さらどうしようもないが」


 篠宮の映画講座を耳に入れていた織川、俺の問に彼女は晴れたように笑って、


「うーんとね……考えてみたらそんなに好きじゃ……あっ! ううん! そういう意味じゃなくて……。えーっと……何て言うか……恋人同士になりたいってことじゃないと思うかも。友達が男の子と付き合ってて、楽しそうだなーって思ってたから……。ひょっとしたらあたし、焦ってただけなのかな……って」


 それなら高坂との話は簡単に付きそうだ。


「ま、人を好きになるのって軽い気持ちじゃできんからなぁ……。いいんじゃねぇの? 別に周りと競争してるワケじゃないし」


 だが、織川は何かを言いたそうにもぞもぞと唇を動かしていた。どうした? 俺が訊いてみたが、


「ううん! 気にしなくてもいいよっ!」


 そう言って、織川は濁す。心なしか、頬が少し赤い気がする。


「ま、ともかくさ。これからもよろしくね、ぜんじー!」

「ああ、よろしく頼む」


       ◇


 以上、織川が加入するきかっけになったエピソードだ。

 たまには昔話を思い出してみるのも悪くはないな。

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かつて誰よりも主人公だった元・野球男のラブコメ 安桜砂名 @kageusura

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