3-5

「あのー、お二人ってどんな関係なんですか? その、すごくお似合いだなって」


 と、上目使いで先輩方に尋ねたのは織川。爽やかイケメンと美人お姉さんコンビを見て、俺には欠片もない女子特有の恋愛センサーが反応したのだろうか? 


 ま、こういう場合、大抵は「そっ、そんな~、巧くんは大事なお友達だけど付き合っては……」、「ははっ、絵美とはあくまでもメンバー同士の関係。素敵な人だとは思うけどね」とでも誤魔化し合って気まずい雰囲気に移行するのだろう。ふんっ、目に見えてる。


 だがしかし、


「巧くんとはお付き合いさせてもらってますっ。本番で一周年になるよね、巧くん?」


 ………………なッ!? …………嘘……だ……ろ?


 俺の絶句など知らず、岡崎先輩は当たり前のことだと言わんばかりに平常心で、


「絵美から告白したんだよね、去年の学園祭終わりに。先輩たちに聞かれてたんだっけ? あれは恥ずかしかったな」

「んもうっ、告白した私が一番恥ずかしかったんだから。それに、巧くんだって私に気が合ったのはわかってたんだからねっ」


 岡崎先輩は余裕を持っているが、西尾先輩は頬をほんのりと染め彼に反論している……。

 ナニおのろけてるんだ、このお二人は……。チッ、本番でわざと失敗してやろうかな……、と一瞬とでも思った俺は一生恋愛をする資格がないのかもしれない。


「うわー、羨ましいです! あたし、二人のような理想のカップルに憧れます!」


 理想のカップルなのは俺も否定できまい。まるで学園ドラマのような甘酸っぱい青春、三年前に夢見た未来。俺には無縁の世界で、ぶっちゃけ見たくはなかった。心が嫉妬で張り裂けそうで。


 ルックスはドラマのヒロインと遜色ない桜庭も興味深そうに、


「関係はどこまで発展したんですか? 先輩たちがキスしてる光景、すごく様になってると思います」


 何てこと訊いてんだ、この女は……。西尾先輩も慌てふためいて、


「そっ、それは秘密です! ほっ、ほほら、今から演奏タイム!!」


 とまあ、露骨に動揺を示した彼女により、半ば強制的に演奏の時間に移ることになった。

 岡崎先輩が俺たち三人に楽器のセッティング方法を示しながら、


「今日は練習に入らない予定だよ。三人それぞれの演奏レベルを確かめてみて、それから来週以降の練習スケジュールを決めるからね」


 そうしてセッティングも完了し、西尾先輩が俺たちに一枚ずつプリントを渡してくれ、


「渡したのは二曲目の譜面です。演奏してもらうのは赤のマーカーの部分で、三十分間でどれだけ弾けるようになるのかな、というのを見たいと思います」


 つまり、能力把握のためのテストを俺たちに課したということか。

 意気込みと不安が混じる中、プリントを見通してみて…………。


「………………」


 ヤバい、おたまじゃくしの意味が全く思い出せん……。

 チラリと前の桜庭と織川を見てみると、二人は譜面を抵抗なく眺めながらぞれぞれの楽器に手を掛けている。音符ごときに手こずっている俺とは明らかにレベルが違った。


 ……さて、どうしようか。音符がわかりませーんと先輩に相談するか? いや、そのレベルの質問は先輩に焦りや不安を招かせる可能性も……。


「どしたの、神宮寺くん?」


 俺の焦燥が伝わったのか、優しい保育士のような振る舞いで伺ってくれた西尾先輩。


「わからないことがあったら遠慮なく私と巧くんに相談してね」


 ……仕方ない、その微笑みを見せられると誤魔化す気にはとてもなれなかった。


「音符の読み方忘れちまって……。なんかすいません、この程度も忘れてるようじゃ……」

「ふふっ、気にしなくてもいいよ。……えっとね、これが『ド』の音符。そうだ、音符にドレミファを振ってみたらどう? 時間少ないから、まずはこの一行やってみよっか?」

「音符すら忘れるモンなんですかね……?」


 カーブやSFF、スライダーの握りは嫌というほど覚えてるのにな。ま、関係ねぇけど。


「ピアノの経験あるならやってるうちに思い出すよ、きっと」

「わかりました。そんじゃ、先輩の言うとおりやってみます」


 こうしてアドバイスどおり、四苦八苦しながら音符にドレミファを振り、両手の指をぎこちなく動かして音を奏でてみた俺であった。


 三十分が経過。


 西尾先輩がパチンと手を叩き、


「みんな、大丈夫そう? それじゃあ誰から…………」

「はいはーいっ、あたしからいいですか?」


 元気よく、最初に手を挙げたのは織川。


「織川さん、お願いします」


 よーっし、という掛け声とともに弦に手を添え、慣れた手つきで指を動かした彼女。所どころミスはあったものの、織川の手によって奏でられた音は確かなる曲となっていた。


 …………ヤベェ、まさかここまで弾けるとは。下手なヤツが一緒なら安心して練習できるという俺のプランを見事に打ち砕いてくれた。


 西尾先輩は感心したようにパチパチと拍手をし、


「織川さん、じょうずー。えっと、お友達のお兄さんに教えてもらったんだっけ?」

「あっ、はい。友達の家に遊びに行った時、その友達のお兄ちゃんがベース弾いてて。低音カッコイイなーって見てたらそのまま教えてくれたんです」

「そっか、低音カッコイイもんね。よし、織川さんの次は――……」

「私の番でいいですか?」


 手を挙げたのは俺ではなく桜庭。

 桜庭の場合、ボーカルがメインでありギターの演奏は二の次なので、それほど難しそうな演奏はしなかった。しかし、その手の動きは織川以上に滑らかで美しい。

 これには西尾先輩も岡崎先輩も感嘆し、


「サイドとはいえこんなに上手いなんて……。リードの私が食われちゃうかも……。桜庭さん、その演奏テクはどこで?」

「中学の頃、友達に誘われて文化祭で弾くハメになったんですよ。最初はボーカルだけって約束だったけど、……私、あまり歌が上手くなくて。それで申し訳なかったからギターも……って流れです」

「へー、かなっち歌上手そうに見えるけど?」

「ボーカル頼まれたのもそれが原因でして……。『かなえちゃん歌が上手そうだからボーカルやってよ!』ってね。いざ歌ったら微妙な空気が流れたのは……ふふっ、今でも覚えてる」


 苦笑いを交えつつ、少しばかりの哀愁を含ませてそう言ったのだった。

 そうすると最後に訪れたのは俺、神宮寺善慈の番。


「最後は神宮寺くん。大丈夫、今は上手い下手なんて関係ないからね」


 西尾先輩の張ってくれた予防線はあるものの、嫌な緊張が電流のように身体に流れる。まったく、こんなことなら一番手で弾けばよかった。心の中でそうぼやきつつ、俺は両手を鍵盤へと置いた。そして楽譜に従い、金属音がしそうな指の動きで鍵盤を押していく。紡がれるのは決して曲とよべるものではなく、単なる音の連なり。


「スイマセン、最後までは無理です……」


 織川や桜庭のように、指定された譜面をすべて弾くことは叶わなかった。正直悔しい。

 だけれども、岡崎先輩、西尾先輩は目顔柔らかく互いを見やり、


「両手で弾けるなら大丈夫そうだね。ね、絵美?」

「うん、経験者ってことは十分にわかりました。これなら練習していくうちに感覚を取り戻してくれるはずっ。一緒に頑張ろうね、神宮寺くん!」


 かたじけない。この二人のために尽力しようと、失いかけていた情熱を取り戻した俺。

 西尾先輩は掛け時計を確認し、


「みんな、今日はありがとう。私たちは土日で完璧なスケジュールを組むように頑張るから、三人は歌詞のほうをよろしくお願いします」

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