3-6

 月曜日。――――昼休みの時間。


 それぞれ昼食を食べ終え、俺、桜庭、織川の三人は部室に集合した。曲の歌詞を決定するためである。だが歌詞を決めると言っても、三人が一緒になって一からフレーズを考案するのではなく、それぞれ考えてきた詞の中から一つを選ぶという形式だ。


「お前ら、ちゃんと考えてきたか? 特に織川、サボってないよな?」

「なんであたしを疑うの!? ちゃんと考えてきたから大丈夫ですぅ」


 そう怒るなよ。普段から疑われるようなことしてるお前が悪いんだぞ。


「んじゃ、決めるか。トップバターは……織川やるか?」


 先回の演奏披露では進んでトップバッターを務めた織川、今回も同じ流れでトップを務めるのかと思いきや、


「えー、最初はちょっと……。あたしはパス」


 どうしてだ? 俺みたく一番目が苦手そうな性格には見えんが。


「歌詞を披露するのって恥ずかしくない? 心の準備がまだでして……」

「悪いが、俺も織川と同じだ。なら桜庭はどうだ? トップバッター務めてくれるか?」


 そういえばこの前は謎の自信をチラつかせていたような気がするが。


「ふふん、トリを飾ってあげてもよかったけど、二人とも消極的ならしょうがないか」


 彼女は怖気づくこともなく、持ってきたノートを堂々と広げたのだ。


「かっ、かなっちすごい……。あたし、そんなに自信持てないよ……」

「……ああ、俺もだ。普通は恥ずかしいもんだろ……」


 桜庭は得意げな顔をつくって、丸っこい字で綴られた数行の詞にビシっと指を差し、


「テーマはストレートに恋愛!」


 ノートに書かれていた歌詞は…………。


『夢物語』

 目が覚めれば眩い木洩れ日 瞳を覆う

 ふと消えるキミの影 あれは夢物語?

 確かに残る肌の温もり 心の重み

 キミと重なり合って 心を求め合って

 お互い甘く鳴いて 一緒に闇を泳いで

 胸は切なくなって 奥底痛くなって

 でもこの一夜 私の慰めになったよ

 …………


 ……これは。…………俺、困惑。


「桜庭、自分で歌うんだぞ……」


 桜庭はすまし顔で、わざとらしく首を捻り、


「歌っちゃダメなの?」

「いや、そういうことじゃねぇけど……」


 ピュアな織川はボワッと顔を赤くさせて、


「かなっち、これはマズイって! あたしたち高校生なんだから、こんなえっちな歌詞ダメ!」


 歌詞を頑なに認めない俺と織川に対し、桜庭はふぅと溜息を付き、


「西尾先輩を想像しながら書いたんだけどなぁ……。胸がポカポカする歌詞だと思うのに……。先輩ならきっと喜んでくれると思うのにな」


 どう考えても却下されるだろ、この内容は。

 まったく、なんつー歌詞を書いてくるんだこの女。比喩の使い方等、文の表現は問題ないのかもしれない。しかし内容が内容、生徒会から確実にクレームが来るだろう。


 桜庭は頬の片側だけに空気を注入し、ジト目で俺たちを睨み、


「じゃあ今度は舞夏ちゃんの番ね。そこまで言うなら舞夏ちゃんの見せてよ」


 織川は持参したピンクのメモ帳を取り出し、


「えへへ、自信ないけど不純な内容じゃないから……」


 照れ笑いでメモ帳を開き、読みやすい綺麗な字で綴られた詞を俺たちに披露した。


『sewwt & bitter chocolate』

 甘い甘いチョコレート だけどちょっぴりほろ苦い

 これが恋の味? ちょっと濃いね……

 聞いて聞いてあたしの気持ち 

 今から言葉にするから ……あれできない?

 考えても考えてもまとめられない甘い想い

 だけど不思議 やっぱ苦い!!

 …………


「思ったよりはいいけど、なぁ……」


 数学ガール、織川舞夏。国語は壊滅的な成績なので、ぶっちゃけ全く期待していなかったが、歌詞自体は案外悪くはない。ただ、


「曲の雰囲気には合ってないよね……? こんなピュアピュアな詞とあの曲じゃミスマッチのような気がしないでもなくないような……」


 そうなのだ、先輩方からすでに曲は聴かされているのだが、疾走感、爽やかさの薫るあの曲とは合わないだろう。


「いいじゃん、生ハムメロン的な曲になるの! 意外な化学反応だってあるかもしれないのに、それを最初から否定するなんて……ねぇ?」


 コイツらわかってねーな、的な流し目で俺たちを見てきた織川。結構ムカツク顔しやがるな、この女も。


「私はこんな歌詞歌いたくないし。どんな顔して歌えばいいの?」

「あたしだってかなっちの歌詞でコーラスしたくないもん。女子高生なら、もっと甘酸っぱい恋の歌詞じゃないと」

「あれ舞夏ちゃん、固定観念がマズイって言ったのは誰だっけ? 女子高生ならもっと大人の世界に踏み込んでみてもいいでしょ?」


 と、ヒロインズの間で議論が白熱してきたが、


「待てお前ら、まだ俺のが残ってる。全部揃ってから判断すんぞ」


 俺の見立てでは、少なくとも二人よりはマシだと思う。俺はノートを拡げ、二人に見えるように机に置いた。


『友達のうた(仮)』

 どんなに真っすぐ見ても 本音には気づいてくれない

 飾った言葉 繕った笑顔 並べてみても認め合えない

 嵌まらないパズルいくら触っても 諦める時は訪れない

 髪を靡く涼しげな風 窓から差し込む夕日

 変わってしまったことが 哀しいと思う時が訪れるなんて

 今でも眩しいあの頃のように 気づき合える心を取り戻したい

 …………


 黙って詞に目を通す二人。


「どっ、どうだ? 曲名はまだ決めてねぇけど……」


 とは言いつつも、やっぱり緊張するこの瞬間。あれだけ堂々と詞を見せた桜庭が、今になってよりすごく思える。

 最初に顔を上げたのは織川。


「悔しいけど、ぜんじーの歌詞が一番かな? 曲の雰囲気にも合ってるっぽいし。なんだか青春ってカンジがしていいかも」


 続いて黒髪ロングの桜庭が渋々顔を上げて、


「詞はいいんだけどさぁ、善慈くんのキャラには合ってないよね。まさか『友達』をテーマにするとは。じゃあ『恋愛』をテーマにしたらキャラに合ってるかって言われたらアレだけど」


 『友達』も『恋愛』もキャラに合ってないなら俺は何を書けばいいんだ。


「んで、文句言ってるけど結論はどうなんだ、桜庭?」


 困ったように小さく唸る桜庭だが、


「曲調を考えたら一番じゃないの? ……悔しいけど認めてあげる」


 こうして歌詞は、俺考案の『友達』を題材にした詞に決定した。

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