1-7
調理部は食器の片付けの最中だった。ぼちぼちと片付けも終了し、荷物を整理する生徒も出始めている頃合い。顧問の榊原が班を見回りながら指示を出していく。
「あれか、浅間さんと赤池さんは……」
そんな光景を、出入口の小さな窓から見守る俺と桜庭。いくら顧問の榊原に連れられて来たとしても、部外者が活動中の調理室にズカズカと入っては怪しまれるだけなので、こうして内部を覗き見する格好となる。それとどうでもいいことだが、小窓を共有する形なので必然的に桜庭との距離が近い。彼女が動くたびにきめの細かい黒髪が頬に触れ、制汗スプレーの甘い香りが鼻孔を擽る。
俺たちのターゲット、浅間葵と赤池遊來。二人は同じ班なのか、近くで作業はするものの、互いに目を合せようとせず食器を運んでいる。近くの人と軽く会話は交わすが、浅間さんと赤池さん同士では一切会話がない。
「雰囲気悪いね、あの二人の間だけピリピリしてる」
それに温厚な浅間さんはともかく、性格がキツそうな赤池さんは浅間さんとすれ違うたびに睨みを利かせているような気がせんでもない。
「…………」
隣の黒髪ロングは口を結び、沈んだ面持ちで前方の小窓から目線を逸らした。
されど、彼女はすぐに表情を取り繕い、
「私の考察なんだけど、聞いてくれる?」
俺が聞く聞かないの返答を出す前に、隣の桜庭は勝手に口を動かし、
「二人が日比野くんを好きなのは確定でしょ。じゃあさ、逆の立場はどうなのかな?」
「逆の立場? それって、日比野があの二人をどう思ってるかってことか?」
「そう、そういうこと。昨日、三人と一緒に打ち合わせしてたクラスメイトの子に訊いたのも含めての考察なんだけど、――――あの日比野くんも、浅間さんと赤池さんを意識してるんだと思う」
「意識って……、異性としてか?」
「おそらく。明確に好きだ、とまでは読めないけど。でもね、彼の態度から二人を意識しているのは読めたよ。目配せが他のクラスメイトのそれとは違ったし、言葉だって少し弾みがあった。ま、鈍感善慈くんにはわからなかっただろうけどね」
それがわかったら苦労しないだろう。
「んで、日比野の意識が、あの二人が険悪な理由になるとでも?」
「なるよ。だって、日比野くんの態度が二人にも伝わってるんだし」
「どんな態度なんだ?」
「曖昧な態度が伝わってるんだと思う。それでヤキモキしてるんじゃないかな?」
曖昧な態度、ね。もう少し具体的に説明してもらえるとありがたいが。
「たとえば……、浅間さん視点で考えてみると『あれ、ひょっとして私を意識してる? ……でもあれ、遊來ちゃんにも顔赤らめてるし……。えっ、どっちなの?』ってな態度」
「それは赤池さんも同じか。なるほど」
彼女が述べたのはあくまで推測。だけどその推論にツッコミどころを探してみても特には見つからなかった。
意識を桜庭から小窓へと移すと、どうやらすべての片付けを終えたのか、調理部は解散となっていた。それを見計らい、俺と桜庭は扉を開け調理室へと足を入れ、そうして一人寂しそうに歩いていた依頼者、浅間葵さんを発見し、
「浅間さん、こっちこっち」
桜庭が浅間さんに見えるように手招きジェスチャー。
「あっ、桜庭先輩! それに神宮寺先輩!」
黒髪のショート、雰囲気は地味だが可愛らしい顔立ちの一年がこちらへと駆け寄ってくる。
「部室に来て話でもしない? おいしいお茶とお菓子、用意してるよ」
顔の強張りをスッと崩し、口元には薄っすら笑みを浮かべた浅間さん。こうして依頼者を連れ、俺たちは部室へと引き返したのだった。
「はい、麦茶とお饅頭。あんこ苦手ならごめんね」
桜庭は茶と菓子を浅間さん、ついでに俺の分も用意してくれた。
「あっ、ありがとうございます」
浅間さんはペコリと頭を下げ、麦茶の入った容器を両手で持ちそっと口を付けた。
ちなみにこの饅頭、部長の母親が経営する和菓子店で売れ残った消費期限ギリギリのものだったりする。ま、黙っていればバレることはない。
「さてと、浅間さん」
桜庭は饅頭の包みを取りながら、対面する依頼者にそう切り出し、
「やっぱり赤池さんのこと、意識してる?」
ビクン、と僅かに肩を揺らした黒髪ショートの彼女。気まずそうに黒い目を沈め、
「やっぱり、気づきましたか……」
「ごめんね、無断で拝見しちゃって」
「あっ、いえ……。はい、遊來ちゃんのことは強く意識してます。今までみたいに仲良くしたいのが本音なのに、遊來ちゃんの顔見るとどうしても日比野くんの顔を……」
「雰囲気が悪くなり始めたのって、いつ頃かな?」
「……最近だと、思います。たしか演劇の配役が決まった日……三日前辺りから……。遊來ちゃんはお姫様、日比野くんは王子様、そして私は……裏方に決定しました」
「二人の配役はクラスの推薦で?」
「はい、メイン級はほとんど推薦です。……それで、悔しかったのでしょうか? 日比野くんに相応しいのは遊來ちゃんなんだって、周りに決められて。……いえ、私だって薄々思ってたんです。こんな私よりも、華のある遊來ちゃんこそが恋をすべきなんだって……。でもっ、やっぱり納得できなくて……ッ」
強く目を瞑り、グッと奥歯を食いしばった浅間さん。悔しい、哀しい、不安、そんな感情が小顔に入り混じっていた。
桜庭はパクリと饅頭を一口含み、そっと腰を浮かして中腰になると、
「よしよし、そんな顔をしないで」
理想のお姉さんを体現するように優しく微笑むと、依頼者の頭を慰めるように撫でた。
「……桜庭先輩、どうすればいいのでしょうか? 自分でもわかりません……」
「自分ではこう思ってるのに、向こうはああ考えてる。お互いの考えがカッチリ嵌まるのって、本当に、……本当に難しいよね。なんですれ違いってこうも面倒なんだろ?」
昔を思い起こすかのように目を細めた桜庭、そのまま俺に顔を向け、
「善慈くん、キミはどうすればいいと思う?」
できれば俺には振らないでほしかった。申し訳ないが俺にとっては難しすぎる問い。情けない話、恋の悩みに無縁であったことが災いだろう。経験の無さがモロに出る。
だけど「わかりません」、そう答えるのは浅間さんに失礼なので、
「もう告白すればいいんじゃないか? 悪いが、考えてもそれ以上の答えは見つからん」
半分投げやりの返答。だから桜庭、それに依頼者に罵倒されようと文句は言えん。
けれども、
「そだね、私もそれが一番だと思うよ。うん、日比野くんに想いを伝えてみようか」
「えっ、でも……、遊來ちゃんは……」
「恋に順番なんてないよ、告白したモン勝ちだって!」
それもそうだ、友達だからって告白を譲り合う必要なんてないだろう。だがしかし、顔色から察するに浅間さんは乗り気ではない様子。
桜庭もその気持ちは汲んでいるようで、
「じゃあこうしよっか。私が浅間さんの代わりに、日比野くんに質問してみるよ。――――浅間葵のこと、キミはどう思ってるのかって。どうかな?」
「……情けないことですがそれでお願いします。それと、一つワガママを言ってもいいですか?」
「私にできることなら何でもするよ」
浅間さんは躊躇ったように喉から出た言葉が一瞬詰まったが、
「『浅間葵は日比野勇人が好きだ』って仮定をこっそり出してくれても……いいですか?」
桜庭は否定することなく、口元を綻ばせて、
「わかった。明日の放課後、日比野くんにそう持ち出してみるよ」
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