1-8
――――翌日、放課後。
中庭のベンチに座る桜庭。本日のヘアバンドのデザインはシンプルなモノクロ柄。彼女は昼休憩を静かに過ごすOLのごとくベンチに座っていた。
その桜庭を校舎に隠れ、やや離れた場所で見守るのは俺、加えて依頼者の浅間葵。
「日比野くんはもうじき来ると思います……、あっ、来ました!」
浅間さんの指差す先を見れば、一人の平凡な男が今まさに桜庭の座るベンチへと歩んできた。
名前は日比野勇人。黒髪ロングの女が座るベンチを、確認を取るように眺めると、
「えっと、俺と話がしたいってのは……」
「うん、私。私は桜庭かなえ、よろしくね」
「あ、日比野勇人です。どうも。先輩のことは知り合いから軽く伺ってます」
日比野は軽く頭を下げ、桜庭とは五十センチほどの感覚を空けてベンチに腰掛けた。
「そんで、俺を呼んだのって……。浅間を使って呼び出したのも関係が?」
「うん、浅間さんのことでちょっと伺いたいことがあって」
ここでチラリと隣を伺うと、依頼者は顔の筋肉を強張らせてあの二人を静かに見ていた。
「桜庭なら大丈夫だ、アイツは上手い。そんなに緊張しなくても大丈夫だろ」
と、当事者でもない俺が言っても説得力ナシッ。まあいい、とにかく桜庭を見守ろう。
――先に口を開いたのは桜庭だった。
「浅間さん、最近悩みがあるらしくて。それで私たちに相談をしに来てね」
「アンタたちに相談ってことは……、人間関係で悩みを?」
「おっ、青春部をご存じで。そのとおり、彼女はとある人間関係のことで悶々としてます。さて、どんなことでしょう?」
桜庭がクイズ形式で尋ねてみても、
「………………」
日比野は顔をしかめて頭を抱えるが、口を開く気配は残念ながら一向に見られない。
「彼女は日比野くんのことで悩んでるんだよ。……気づいてた?」
ハッと顔を上げた日比野、目を背けながらも悔しさを滲ませた顔つきで、
「俺の前ではそんな素振り……、全然見せなかったような……。クソッ、気づいてやれなくて申し訳ねぇ……」
「……………………」
一瞬――――、桜庭は場を凍らせるような冷たい視線を隣に投げかけた。
だがすぐに桜庭は、目は笑っていないものの口元を綻ばせて、
「浅間さんは健気だもん、日比野くんに心配かけさせたくなかったんだよ。だから気づかなかったこと、気にしないでね」
「……浅間には後で謝っときます。それで、浅間の悩みが関係あって俺を呼んだってことですか? ……俺にできることがあれば」
「キミに訊きたいことがあって。浅間さんに代わって訊かせてもらうよ」
「……訊きたいこと、ってのは?」
「――――日比野くん、キミは浅間葵さんのことをどんなふうに思ってる? どんな対象として見てる? それが、浅間さんが知りたがってることだよ」
「……どっ、どんなふうに、ですか? ……どんな対象、ですか?」
目を見開き、ゴクリと喉を鳴らす平凡な男子高校生。確認を取るように繰り返し呟く。
「うん、教えてくれるかな?」
数秒の沈黙が流れる。……――――やがて、
「……大切なとっ、友達です。浅間に嫌われたら嫌だし、できれば来年も近くにいてほしい存在です」
日比野は重苦しそうに、絞り出すようにそう告げたのだった。
ふと、俺は隣に視線を移してみる。
「…………」
哀しいとも、緊張しているとも、期待しているとも言いとれるような複雑な顔つきで状況を見守っている一つ年下の後輩。
ともかく、桜庭と日比野に再び注目を戻した。
「本当に友達だけって認識? それ以上の感情はない?」
対面の男はグッと目を瞑り、数秒の間を置き、
「……なっ、ないと、……思います」
「そっか。ふーん、そっか……」
日比野の言葉を呑み込むように、数度細かく、ゆっくりと縦に頷いた桜庭。動きに合わせてきめの細かい黒髪が揺れる。
「私から訊いてもいい? 浅間さんの意向とは関係ない質問」
「はっ、はい!」
女神のごとく整った顔立ちを日比野に面と向け、
「もし浅間さんがキミに好きだって告白したら、キミはどうする? 浅間さんの気持ちをどう受け止める? どう反応する?」
「あっ、浅間が俺を好きってことですか……!? いや、そんなの……あるはず……」
「あくまでも仮定だよ? 告白されたらどうするかってハナシ」
逃げ場を失くしたのか、はたまた桜庭がそうさせたのか。日比野の目が次第に泳ぎだす。顔も桜庭から背ける。
またしても数秒の沈黙が流れた。それはこれまでで一番長い沈黙。
そして、
「ありえません!! というか、部外者のアンタにあれこれ言われる筋合いはねェッスよ!! 変なことを訊かないでくださいよ!?」
乱暴にまくし立てた日比野勇人、相手にしてられるかという気持ちを示すようにサッと立ち上がった。
「ふーん、逃げるんだ」
ポツリと、声のトーンを一段階低くして言い放った桜庭。
「にっ、逃げてねぇよ! というか答えは出したじゃないっスか!」
「私はね、浅間さんから告白されたらどうするかって質問したんだよ? それを『ありえない』って答えるのは、『逃げる』って表す以外に何があるの?」
「だから、浅間に好かれてるとか……あっ、ありえないって言ってるじゃ……ッ!!」
この一言が引き金になったのか、――――桜庭の眉がピクリと吊り上り、
「さっきから気づかないフリしてるけどさぁ、本当は気づいてるでしょ? 浅間さんが自分に好意を抱いてるってこと」
「…………はっ、……ハァ?」
桜庭は立ち上がり、日比野勇人の顔に右の人差し指を突きつけ、
「もう一度言うよ――――、浅間葵さんはキミが好き。これ、ホントのことだから」
堂々と、嘘偽りない口調で宣言してのけた。
だけど、それでも――――、
「ないですって。……言いたいことがそれだけなら、俺は帰らせてもらいます」
そっけなく言って、日比野はその場を去って……いや、立ち止まり、
「アンタと中学が一緒だった知り合いから聞きましたよ、――――中学時代の桜庭かなえは無邪気で明るい女の子だったって。なら、目の前のアンタは一体誰なんですか?」
「………………」
そう言い残し、今度こそ去っていった。桜庭もわざわざ後を追いかけない。
だが、青春部の黒髪ロングは最後にポツリと、
「……私だって……何も知らずに笑っていたいから。こんな性格、自分でも――……」
自嘲するがごとく呟くと、俺たちの方向へ引き返してきたのだった。
「………………」
ああ……、隣を見るのが辛い。
依頼者、浅間さんは完全に顔を伏せている。見えるのは白の髪留めと黒髪だけ。だからさっきまで垣間見ることのできた表情も、今は全く伺えない。
――――そして。
「……えぐっ…………んっ……………」
とうとう嗚咽を上げてしまった。浅間さんは両手の甲で何度も目元を拭き、
「……ぐすっ……こんなんじゃ……っ……告白する以前の……問題です……ッ」
「そっ、そんなことねぇって……。実際に告白してみれば日比野は気づかざるを得ないだろ? ……なっ?」
「…………うっ、うぇぇぇ………んんっ……」
「……まっ、まあ、日比野もツンデレってヤツだ。今はツン期で、もう少ししたらデレ期になるはずだ……。………………、」
とは言ってみるものの、一向に泣き止む気配はない。そりゃあそうよ、俺の慰めが正しいのか、俺が一番疑ってるからね。女子の取り扱いが苦手だとか、不器用だとか普段から自虐して勝手に慰めている自分が今は恨めしい。
「浅間さん、元気出して」
声を掛けたのは桜庭。顔を伏せる浅間さんと目線が同じになるように膝を曲げ、
「まずは部室に戻ろ? そこで気持ちを落ち着かせよっか」
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