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なぜ篠宮の姿がなかったか、その答えはすぐに分かった。
「ふんっ、ヤバそうな雰囲気は織川から分かった。事前の行動はやっぱり大事だぜ」
なんと担任の教師を呼びに行っていたのだ。しかしながら、
「おせーよ。それに新米教師なんてそこまで役に立たんだろうが」
教師生活二年目、担任経験一年目では荷が重い。結局高坂はどっかに行ったままだし、担任は何をしていいか分からずにあたふたしていただけだし。
まあ、それはもういい。心配なのは――――……。
――――翌日。
「あたしね、昨日数学の問題ばっかりやってて結局英語の宿題できなかったんだ」
教室の隅で会話をするのは織川と友達の片瀬。織川は元気そうな様子で片瀬と会話をしていたのだった。だが、
「…………うっす」
教室に入ってきたのは高坂。見下ろすように、織川に鋭い視線を浴びせた。
「…………」
織川は会話中であったのにも拘らず、気まずそうに自分の席に戻っていくのだった。
「あっずみ~。昨日ドラマ見た? それとも録画?」
織川と片瀬の会話を塗り潰すように、高坂は片瀬と会話を始めたのだった。
ワイワイガヤガヤする教室の中でポツリと、寂しそうに椅子に座っている織川は、目を背けたくなるくらいに見ていられなかった。
そして放課後。
部室でパソコンの前でメールチェックをしていたところにコンコンとノック音。
「……こんにちは」
二日前に見せた威勢はどこへやら、しょんぼりと部室に入ってきたのは織川。
「あれ? 今日は篠宮くんも出雲くんもいないの?」
「ああ、大体週に三日顔を出せばいいことになってるんだ。だから今日あの二人はいない」
「へー、ぜんじーはいつ部室にいるの?」
「………………」
「ぜんじー? どうしたの、黙りこくって?」
いきなり『ぜんじー』なんて呼ばれてビックリしたからだ。織川クラスになってくると異性の呼び名なんて軽いものなのだろうか? 俺には信じられん。逆を考えてみればその難しさは計り知れない。
織川はニヤリと不敵に笑って、
「あ~もしかしてぇ、女の子に下の名前で呼ばれたことなかったんだ~。ははっ、ぜんじーかわいいっ」
「は? 妹から普通に下の名で呼ばれてるんだが?」
「……あー、『お兄ちゃん』とは呼んでくれないんだ。それはそれで残念だね……」
可哀そうなものを見る目で俺を見る織川。
哀しいかな、まさにその通りである。が、別に妹に『お兄ちゃん』なんて呼ばれても、もはや嬉しくもなんともないね。歳が離れているなら素直に可愛いと思えるだろうが。歳の近い生意気な妹ほどイラつく存在はないだろう。
と、そこに、
「私はキミのことを善慈くんって呼んであげてるけど?」
ポンと、後ろから俺の両肩に手を置いたのは桜庭かなえ。誰にも負けない黒髪ロングの美少女っぷりが眩しい。
「そういやぁ、桜庭ってなぜか下の名前で呼んでくれるな。初めて『善慈くん』なんて呼ばれたときは、織川とは比べものにならないくらいに舞い上がったさ。はぁ、真に残念だ。織川にはもはやそういったドキドキは味わえない、ステキな経験をしてるんだろうなぁ……」
「……『神宮寺』って長ったらしいから単に短い下の名前で呼んでるだけなのに。アマトくんとはワケが違うんだから。勝手に勘違いしないでよね」
冷たく言い放つ桜庭かなえ。その一言は結構心に響く。
織川は両腕を忙しく動かし(当然胸も揺れる)、
「おっ、織川さんはそんな経験しっ、してないもん! って、この前もこんなこと言ったよね! いい加減覚えてよ! ……このバカ、アホッ」
「…………ふっ」
「……んー、なに笑ってんの?」
「いや、織川らしさが見えたモンで。深い理由はねぇよ」
「……んもうっ…………」
口元を尖らせてそっぽを向く織川だった。
なぜかジト目で俺を見る桜庭。どうしたんだ? そう尋ねると、
「善慈くんって私と会話をするときはシドロモドロになるけど、織川さんと会話をするときは普通にしゃべれてるよね。どうしてなの?」
「……いや……それはその…………」
考えてみればそうだ。自分で言うのはアレだが、俺は女子との会話が苦手だ。けれども織川とだと詰まることなく話せる。それは、織川が遠慮なくズカズカと俺の領域まで足を踏み入れてくれるからだろうか?
「まあいいや。善慈くんは女の子としっかりしゃべれるように、これから私と訓練しようね」
妙に楽しそうに、それでいてニヤニヤと口元を歪める笑いは何なのだろうか?
「それはそうとして、織川さん。今日はどういったご用件で? ……って、言わなくても分かるけどね」
織川はコクリと頷いて、
「ルミちゃんと仲直りしたいの。どうすればいいか、って相談しに……。あたしだけの考えじゃどうしても……」
今日は正真正銘、人間関係の問題だ。篠宮がプレイヤーの停止ボタンを止めざるを得ない相談内容だろうに、当の本人がいないことが悔やまれる。
「あんなヤツと仲直りする必要あるか? 言っちゃなんだが、高坂とは縁切った方がいいぞ」
だが、桜庭は俺を鼻で笑って、
「やれやれ、短絡的な思考はボランティアの会の恥だよ。――高坂玖瑠未と縁切ったら、織川さんの教室での居場所はどうなるの?」
「…………あっ」
「高坂玖瑠未がクラスの中では大きな存在、それは分かるよね? 女子の中では特に。だから彼女を敵に回したまま教室で過ごすのは自殺行為。特に同じ女の子なんだし、近づきたくなくても絶対に近づかなければならないときがあるはずだよ」
そりゃあそうだ。縁を切れば済む、そんなに単純明快なほどこの問題は解決できない、桜庭に気づかされた。
「あたし、やっぱり昨日あんなこと言わなければよかったのかな……」
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