0-9
「大変だよね、アマトも……。僕にも力になれることはないかなぁ?」
居眠りという形でスタートダッシュに遅れた出雲には大してできることなんぞないだろう。俺はそう言ってやると、
「休み時間に寝てちゃダメなの? 善慈だってよく寝てるじゃん」
これ以上出雲と話をするのは止したいと思ったので、再び高坂らに目を向けた。
高坂らが未だに陰口を言い合うなか、金髪お団子ツインテールの織川舞夏はその集団の中でただ一人取り残されたように暗い顔をしていた。
高坂もそれを察したのか、
「……舞夏、どうしたの?」
「…………あっ、うん……。えっと……」
視線を斜め下に逸らし、織川は高坂を避けるように呟いた。
「……何か言いたいことあるの? 言ってごらん?」
「……いっ、いや……何でも……ないよっ」
その煮え切らない織川の態度に、高坂は次第に訝しげに、
「いや、絶対に何かあるでしょ。……言ってよ。私に何か言いたいの?」
威圧するように、小さく前に踏み出す高坂玖瑠未。相対的な身長も相まって、妙な迫力を傍から見ている俺でも感じた。
うう……と唸る織川。
高坂、それに他のお友達らはイライラしたように織川を捉え始める。何だかかなり雲行きが怪しくなっていきた。織川は一体何を考えているのか?
「早く言いなよっ」
声を若干荒げて彼女は迫った。合わせるように織川は一歩小さく退いた。
だが、意を決したようにガッと顔を上げて、
「――――人の陰口を言うルミちゃん嫌い!」
大きな声だった。それこそクラス中の注目を集めてしまうほどに。
「……舞夏? えっ、どうしたの?」
「どうしたもこうもないよ! 昨日は完全にルミちゃんが悪いクセに、裏で篠宮くんたちの悪口を言うのはすごく気分が悪いの! ルミちゃんのそういうところ嫌い!」
「…………舞夏ッ!」
高坂の取り巻きたちは一層織川に睨みを利かせた。高坂は奥歯を噛みしめるように、
「……誰に吹き込まれたの? 舞夏がここまで私に言うなんて……ッ」
織川は気まずそうに、
「……あたしが思ったことを言っただけだよっ。昨日、神宮寺くんがあたしにアドバイスをしてくれたの」
オイちょっと待てよ。
「……あっ」
出雲がサーっと俺から離れていく。
「……神宮寺ぃ!? …………チッ」
舌打ちをかました高坂は、俺こと神宮寺善慈へ向かって大きな歩幅で歩んで来た。移動で短いスカートが軽く捲れて眩い太ももを露出させる。そんなのを目に入れてしまうという男の性を働かせはしたが、まず俺はその場から逃げ出そうと考えた。しかれど、クラス中の視線を掻い潜ることは不可能だと判断、棒立ちでしかいられない根性の無さを恨む。
ここで昨日の貸しを返していただきたい、そう願い篠宮を探してみたものの、なぜだかどこにもいなかった。マジでどこに行ったんだあの野郎……。
まあ、仕方ないものは仕方がない。文句をぶちまけるのは後にしておこう。
そうこうしているうちに高坂は俺の元にやって来た。ブレザーのボタンを全部解いた格好で、赤のイヤホンを首からぶら下げている。
高坂は額にしわを作り、覗き込むように下から俺を見上げて、
「……舞夏に何を吹き込んだの? アンタ、私に文句があるの? ああ、プール掃除の時のこと恨んでる? なら男らしく直接言ってきなよ」
「マテマテ、とりあえず落ち着け。俺は織川に高坂の文句は言ってねぇよ。だから落ち着けって」
「ああ?」
不良のごとく鋭く目を細めて、俺を追い詰めるように高坂は距離を詰めてくる。
「篠宮もだけどさぁ、あんまり調子に乗らないでくれる? ホント、ボランティアの会って何なの? 人間関係の問題を解決しますって……。マトモな人間関係を作れないヤツらの集まりのクセに……ハハッ!」
「ゴチャゴチャうっせえぞこのクソビッチが! ブチ殺すぞ!」
「………………ッ!?」
「友達の好きな男を奪うクズに俺たちをバカにする資格はねぇだろうが」
「…………昨日の篠宮もそう言ってたけど……、ナニ勝手に覗き見してるんだよ!」
今度こそ本気で俺の胸ぐらを掴んできた高坂。色々と思うところはあるが、流石に暴力沙汰にはしたくない。どうしようか、舌打ちを交えながら俺はそう考えたが、
「――――二人とも、もう止めて!」
叫んだのは織川。思わず息を呑んだのは俺と高坂。高坂はスっと手を離す。
「…………神宮寺くんは関係ないよ……。だから、二人ともこれ以上はケンカしないで……」
高坂はバツが悪そうに前髪をクシャクシャと掌で掻き、何も言わずに教室から出て行った。
「……ケンカは……ダメ……」
高坂が立ち去った後にもう一度呟いた織川だった。
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