3-2

 ――――――そのメールは学園祭の十日前に届いたものだった。


「篠宮、メールはチェックしたか?」


 部室の隅でノートパソコンをレコーダー替わりにして、趣味の洋画を噛り付くように観賞していた茶髪の男、篠宮天祷。


「ああ? 神宮寺、チェックしといてくれ。クライマックスなんだ、今は手が離せない」


 手が離せないじゃなくて目が離せないの間違いだろ。まったく、依頼・相談のメールチェックは原則部長がすることになっているハズなのに……。


「ぜんじーお願い。あたしも手が離せませーん」


 対面からは織川の声。一体何をやっているのかと見れば、だらしなく机に身体を預けながらスマホ相手にメールを打っていた。その姿はまんまギャル、俺の苦手な人種を連想させる。

 メール相手はおそらく女友達の可能性が六十パーセント、親族の可能性が三十パーセント、残りは…………、


「汚いおじさんに『パパ』って呼んでる関係の男性だったりしてな」


 織川に聞こえない程度の声でボソリと呟いてみると、


「違うもん! あたし援交なんてやってないもん!!」

「デカイ声で言わんでもいいわ! つーかどんだけ地獄耳なんだよ……」

「ちょっ、かなっちも笑わないでよ! あたし、ピュアな女の子だもんねっ」


 携帯ゲーム機から手を放し、口元に手を当て小刻みに震えるのは桜庭。


「いや、善慈くんも陰湿だなって。だって、私だけに聞こえるように呟くんだし」


 俺の隣に座る彼女、小言がモロに聞こえたようだ。

 ぜんじーのえっち、アホ、根暗など、低いトーンでぶつぶつ恨みがましく呟く織川は適当にスルーして、俺はポケットからスマホを取り出した。とりあえずメールチェックに入ろう。

 選ぶのは私用のアドレスではなく青春部のアドレス『seishun_SSIJO@×××.○○』、本日届いたメールの一覧を出してみると、


「なになに……、『先生に怒られました、助けてください』、『どうすれば恋人ができるのでしょうか?』、『学園祭の出し物の意見をください』、『織川さんに数学を教えてもらいたいです』、『異性を惹きつけるコツを教えてください!』…………しょうもねぇ内容だな、どれもこれも」


 先生に怒られた? まずは自分で原因を見つけ出せ。どうしても見つからないようなら俺たちに相談しろ。……恋人? 知らん。学園祭の出し物は過去の記録でも漁って参考にすればいい。


「織川、ご指名だ。お前に数学を教えてもらいたいってメールが届いてんぞ」


 織川はいかにも面倒そうに渋々と童顔を上げて、


「えー、織川さんほどの天才的な頭脳じゃギャップが大きすぎてムリー。海音ちゃんにでも転送してみれば?」

「無責任なヤツ。……俺が言えた義理じゃねぇけど」


 ちなみに天才的な頭脳と自称してはいるが、それは決して織川の傲慢ではない。国語以外の成績は全体的に良く、中でも数学に関してはマジで天才的なのだ。数学は学年一位。ぶっちゃけ桜庭よりも成績が良かったりする。一見バカっぽそうに見えるその外見も相まって結構腹が立……、ギャップ萌えしちゃうね!


「桜庭、異性を惹きつけるコツってあるか? 俺は全然わからん」

「うーん、整形?」

「顔の話かよ……。大事な要素ではあるけどな……」


 しかし『整形すればいい』と返信するわけにはいかないので保留。


「それにしても大した内容ないな………」


 来訪者を待つだけではヒマということで、青春部はITの世界へと進出してみたものの、これ人間関係の相談か? 的な内容が大半を占めているのが現状。どうやらお悩み相談室、何でも屋とでも勘違いされているようだ。


 どうせ全部見たところで……、とウンザリしつつ画面を下へスクロールしていると、


「……ん? これは……」


 思わずスクロールを止めた、気になった一通の件名。


『演奏者が足りません、学園祭のために力を貸してください』


「……どういうことだ?」


 俺の疑問を耳に入れたのか、映画に夢中な篠宮部長を除く、桜庭と織川がこちらへとやって来る。


「善慈くん、気になるメールでもあった?」

「あたしにも見せてくれる?」

「ちょと待て、俺が最初に読む」


 そのメールの文面はこうだった。


 青春部の皆様へ

 私は二年の西尾絵美と申します。早速本題へと入りますが、現在私は『シグナルブルー』というバンドに所属し、活動を続けております。しかしながら先輩方の卒業、受験勉強の関係上、バンドに残ったのは二人だけになってしまいました。今春からメンバーを募集してみましたが全く集まらず、このままでは学園祭での演奏が困難です。ですので、人間関係の相談とは関係ないと自覚はしておりますが、どうか皆さまに力を貸していただきたいと存じ、メールを送らせていただきました。


 二年 西尾絵美



 桜庭と織川にもスマホを渡し、その文面を見せてやった。


「バンドとかモテたい連中の活動だろ。ふっ、異性に対する関心が薄まった現代社会じゃあ当然の結末と言える」


 織川はドン引きしたように顔を引きつらせ、


「うわっ、キモッ……。どうやったらそんな発想出てくるの……」


 桜庭でさえも苦い顔で、


「いくらなんでも捻くれすぎじゃ……。もうちょっと応援してあげたらどう?」

「悪かった……、口を慎む…………」


 とはいえ、俺たちは人間関係で生じた問題をどうこうする集まり。バンド演奏、つまりサポートメンバーのとしての協力は部の活動内容には入っていない。


「面白そうじゃねーか神宮寺。俺たちヒマだし、サポメンやってみたらいいんじゃね?」


 映画が終わったのだろうか、篠宮が話題に入ってきた。


「うん、あたしもやってみたいかも。その西尾先輩……だっけ? 困ってるなら助けてあげない?」

「そうだね、私たちのクラス全然準備することないし。引き受けてもいいんじゃない?」


 織川も桜庭も、特に嫌そうな顔なくそう述べる。

 三人が賛成しているし、まあ俺だって……、


「最近することないもんな。部費も貰ってるんだし、仕事はしねぇと」


 こうして俺たち青春部はメール差出人、西尾絵美さんの下へと向かうことにした。

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