1-5

 チッ、……くっそ、うらやま…………ゲフンゲフン。


 もし俺があのクラスメイトその1の立場だったら、微笑ましいという感情なんぞ全く出さず、集まりの隅でネチネチと僻みながら無言無表情で突っ立っている姿が容易に浮かばれるな。


「演劇のことで揉めてるみたい。様子見る限りだとヒロインが赤池さんで、主役が日比野くんってとこかな?」

「波長の合わん二人がどうして主役とヒロインなんだよ。役の編成おかしいだろ」

「何やるのかな? 恋愛モノ? ちょっと羨ましいかも」

「演じるのにも興味あるのか? 恋愛モノが好きとか言ってたよな」


 ルックスはテレビの中の女優と比べても十分通用するし、実は正体を隠した芸能人なのだと言われても驚きは少ないだろう。


 桜庭は考え込むように腕組みして、


「私だったら……、清楚な黒髪ロングだし……配役はやっぱり日本人がいいよね」

「……あん?」

「でー脚本は……、恋する女子高生がクラスメイトの男の子を好きになるっていう王道設定がいいな。恋と言ったら舞台は鎌倉だよね、やっぱり。鎌倉恋物語、ラストシーンは浜辺で海をバックに、主役の男の子に赤面しながら想いを告げるシーンで――……」


 なんか勝手に設定作り出してるんだが……。

 スイッチを入れるように桜庭は咳払いを入れ、静かに目を瞑り、胸の前に両手を添え、


「――――あなたのことがずっと、ずっと前から好きでした。どうか、こんな私でよければ気持ちを受け取ってください……、お願いします」


 俺に小顔を向け、渾身の演技でそう言い放ったのだ。そうして程よく顔を赤らめ、「……んっ」と切なげな声を漏らし口づけの演技をして雰囲気に浸る彼女。


「…………頭大丈夫かよ、お前」


 というか桜庭の演技、中途半端にヘタ。本人にしたら全力の演技なのだろうが、傍から見れば棒の入ったセリフを、ぎこちない演技を交えながら聞かされているだけだ。……まぁでも、それが可愛いといえば……嘘にはならない。本人には絶対に言わねぇけどな。


「オイ、あれ浅間さんじゃないか? 今さっき合流したんだな」


 桜庭は一人の世界から覚め、


「これからが本題だから気合入れてよね、善慈くん。よし、まずは三人の様子を見てみようか」


 ということで日比野勇人、赤池遊來、および依頼者でもある浅間葵の三角関係をご覧いただこうか。




「……――ほーら、遊來はヒロインなんて無理だって。本物のお姫様はもっとおしとやかで気品に満ち溢れて……」


 どうやら演劇のヒロイン、赤池さんの演技に対して日比野が文句を言っているようだ。


「んな! 私ほど気品に満ち溢れた女の子なんていないんだからぁぁ、もうもうっ! アンタだって王子様ぜっんぜん似合ってないし!」


 ぷんすかとでも効果音を付けたくなる振る舞い。すると今度は腕組みをし、達観した様子で高飛車に、


「ははーん、ひょっとして王子様の自信がないんでしょー、アンタ。私に文句ばっか付けて自信のなさを誤魔化してるんでしょー?」


 ここで浅間さんが両者に割って入り、二人を宥めるように、


「まあまあ、みんなの投票があってこの役になったんだし。クラスのみんなだって二人の活躍、たっ、楽しみに……してるんだよ……?」

「でっ、でもよ……、キッ、キスして眠りから覚まさないとダメなんだろ……。やっ、やっぱり遊來とじゃ……」


 キスで眠りから覚ます……、ということは、演劇の題目はグリム童話の『眠れる森の美女』なのか? チッ、やっぱりうらや…………何でもねぇよ。

 赤池さんはグワッと勢いよく両手を挙げ、


「私じゃキスする資格がないって言いたいの!?」


 だがしかし、日比野は照れたように顔を赤らめ(男の赤面なんて気持ち悪くて目を背けたくなるくらいだが、ここは俺の器の大きさに免じて我慢してやろう)、ぽりぽりと頬を掻き、


「いや……、本当にキスはしないだろうけど……、でも遊來を目覚めさせる役が俺でいいのかなって……。やっ、やっぱ遊來くらい顔がいいなら……俺じゃ釣り合わねぇし……」


 思わず耳を覆いたくなるような言葉に、赤池さんは顔を沸騰させ、


「……べっ、別にゆーとがイヤなんて一言も言ってないし……」


 さっきまでの威勢はどこにやら、俯き加減でぶつくさ呟くと、


「もうっ、さっさと脚本決めよ! みんなに迷惑かけちゃう!」




 とまあ、こんな感じだ。気づいた点としては、


「日比野くんは二人に親切な行動を取ってあげたり、ちょっとした仕草に可愛いと言ってあげたりしてるね」


 共に一部始終を見ていた隣の桜庭かなえが代弁してくれた。彼女は数度頷いたのち、


「あの三人を見てどう思う?」

「……日比野は性格の悪い人間ではないな。いや、むしろイイと言ってもいいくらいか。下心はなさそうだ。親切なのも自然でやってそうかもな」

「そうだね、私もそれ思った」


「桜庭みたいに表では性格よく振る舞っていて実はクズでした、なんてことはないだろ。ザッと見た感じでは」

「あのさあなに勝手に人をクズ呼ばわりしてるの? ……いや、自分でもわかってるけど。けど、善慈くんだって人のこと言えないんじゃ……」


 苦笑いしつつもキレ気味に鋭く俺を睨む桜庭。頬がピクピクと引きつっている。


「人には誰だって欠点があるんだし、それを見守ってこそ良き人間関係が生まれるってのはわからないの? ホントに青春部の一員なの、キミ?」

「わかった、悪かった。俺の口が軽かったよ、勘弁してくれ」


 最後は不機嫌そうにジト目で俺を睨んだが、


「心の広い私だから許してあげるけど、まったく……」


 たしかに自分の発言は軽率だったかもしれない。少しは心の中で反省することにする。


「――――んなことねーよ、桜庭はクズなんかじゃない。普段から見てる俺が言うんだ、桜庭かなえはクズじゃないって胸を張ってみろ」


 …………ん?


 俺っぽい言い回しで唐突にそんなことを言ってのけた――桜庭。俺が言ったみたいで恥ずかしいじゃないか。

 桜庭は嘲笑気味にクスっと笑って、


「日比野くんっぽく言ってみました。バージョン、神宮寺善慈。こんなふうに言えば女の子、トキメクのにね。善慈くんも彼を見習ったら?」

「俺がそんなこと言ったら、桜庭は俺に惚れてくれるのかよ?」

「惚れるワケないでしょ、調子乗んなクズ」


 やっぱりまだ怒ってるじゃねぇか! それといきなりキツイ口調を浴びせないでほしい。


「善慈くんに惚れるかどうかはともかく、要はこういうことなんじゃないの。――――思わず日比野くんに惚れちゃうカラクリって」

「俺にはまだわからん。まあでも、ありきたりなラブコメでも見てるって感想しか出ん」


 桜庭は傍に置いていたスクールバッグを両手で持ち、


「そうだね、まだ三人のことはよく知らないし、わからないことも多いのは事実。もう少し様子を見て、それから次の一手を決めようか」


 こうして本日の部活動は現地解散となった。


 ……のだが、最後に桜庭は呟くように、



「ひょっとしたらラブコメになってないラブコメなのかもね、三人の関係。このままだといつか破綻するよ」

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