とある御猫様による独白

 吾輩は猫である。

 名前は『千の獣を従える黒シュドナイ


 我が主マイン・フューラー、黒の王ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイ様率いる組織『ユビエ・ウィスピール』の末席を汚させていただいておる。


 とはいえ主の百たびにものぼる『世界再起動リ・ブート』に、かなり初期の頃からお供させていただいている我が身である。

 人語を解し、我が主に対する絶対の忠誠をこの胸にいだくからには「ただの猫」と嘯くつもりなどハナから無いが、「怪異」としてもそこらの魔物モンスター風情においそれと後れを取るような若輩でもない。


 我が主の御寵愛を受けた証として吾輩の「成長限界のくびき」は解き放たれており、今や吾輩のレベルは千を超えておる。

 これは我が主にかしずく者たちの組織、「ユビエ・ウィスピール」を統べる立場の方々であっても、「成長限界の軛」を解かれておられねば瞬殺可能な域なのである。おっほん。


 いやまあ、その上の方々。


 特に序列一桁――いわゆる役職持ち――に名を連ねる方々が我が主から受けておられる寵愛たるや、吾輩とは比べ物にならぬ。

 実際には永遠に追いつけぬといっても過言ではない差はいまだ健在、というよりは広がる一方ではあるのだがな。

 レベルが万を超えておられる方々は、もはや吾輩などの理解を越えた場所におられる。


 とはいえそんな吾輩とても本気を出せば、今我が主が緊張しながら対峙している魔物モンスターなど一噛みどころか文字通り吹けば飛ぶ。

 この迷宮ダンジョンの最下層に至るまで、鼻歌交じりで鎧袖一触せしめる自信はある。それは吾輩が従える獣共でも同じことが出来よう。


 我が主から一度ひとたび下知が下れば、半日をお待たせすることなくこの迷宮に存在するすべての魔物を屠り、手に入る全てのモノと経験値を献上することなど造作もない。


 吾輩にはそんなことはとてもできぬ訳だが。


 今の吾輩は悠久の昔に生まれ、まだ「にゃあ」しか言えなかった頃とさしてそう変わらぬ強さに制限されておる。せいぜいできることと言えば、魔物モンスター索敵サーチ程度しかない。


 我が主によって、吾輩の力はほぼすべて封じられている。

 理由は知らぬ。


 もちろん危機が迫れば真の力を解放する許可を得ることは出来ようが、こうもただしゃべるだけの猫とあっては、うっかり死ぬことも十分にあり得る。

「死が身近にある」という状況がここまで足元が定まらぬ心持ちになることなど、実際に死が常に身近にあった頃には感じておらなんだように思うのだが……


 いや、吾輩の現状を悲観しておるわけではない。


 我が主の傍にて御仕えできるということと引き換えにできるリスクなど、我ら眷属には存在しない。

 たとえ己の力ではついてゆけぬレベルの戦場であったとしても、我が主に「付き従え」と御下知いただければ我らは夢見心地で消滅する瞬間まで己が力を奮うのだ。


 吾輩の力が及ばぬ戦場でも、まるで春の野を行くがごとく歩を止めぬ主を見送りながら滅べることができるのであればそれこそが至上。

 もしも滅びの瞬間に主の一瞥でもいただければ、それだけで吾輩が千年近く存在した価値がある。


 それこそが我ら眷属の存在理由と言い切ってよい。

 特に戦闘しか能のない吾輩などにとってはそうだ。


 だが吾輩は今、数百年ぶりに怯えておる。

 残念ながら、我が主にもその怯えは伝わっていよう。

 

 しかしそれは、うっかり我が身が亡びるかもしれぬ故ではない。


 吾輩程度が亡びようが、強大なる眷属その悉くが塵に還ろうが、小揺るぎもせずに世界を膝下に組み伏せうると確信できる我が主。

 その主が事と次第によっては「死」に直面するかもしれぬ故、吾輩は怯えざるを得ないのだ。


 今目の前におられるのが「分身体」だということは百も承知しておる。

 万が一「分身体」が滅んだとて、天空城におわす真の御姿、『黒の王』の玉体に何の影響も及ぼさぬこともよくわかっておる。


 それでも主が、その身を危険に晒している状況というのは恐ろしい。


 その恐怖は御側仕えできるほまれ、戦場を共に行けるという高揚を凌駕して余りある。

 これは吾輩が主に仕えてから初めて感じる類の「恐怖」と言って過言無い。


 主の身を案ずるなど、我ら戦闘しかできぬものには過ぎたもの。

それをわざわざ他者に説明されるまでもなく、主は常に絶対的な存在であった。


 それが今はただの冒険者である。

 しかもレベルは1。


 その上何やら「分身体」となられてからの主は気安く、恐れ多くも親しみやすい。

 それにそのような考えを持ったということが露見した時点で吾輩など右府殿あたりに滅せられかねんが、どうもうっかりなさっておいでに見受けられる(いかん緊張のあまり言葉遣いが混乱した)


 無限の魔力をお持ちであったゆえかもしれぬが、残存魔力を読み違えて魔法ではなく物理で敵にとどめを刺すなど、我が主のなさりようとはとても思えぬ。


「我が主! 我が主! ワイルドがすぎます!」


 不敬であることは理解しているのだが、思わずこのような物言いも出ようというものだ。

 あろうことか吾輩のその言に対し、お怒りになられるどころか申し訳なさそうな表情を浮かべられる。


 ああもう、この感覚を何と呼べばよいのだ。

 

 ――ハラハラする! そうハラハラする、というのが一番しっくりくるやもしれぬ。


 赦されるのであれば今すぐ真の姿を解放し、この迷宮すべてを平らげて主に献上したい。

 我ら眷属が得たもの、経験値も含めたその全てを我が物にすることなど主であれば造作もない。


 だがその主が今、なぜか愉しんでおられることも伝わるのだ。

 そして主と、あるいは我が身の危険に怯えていることも確かでありながら、一面で吾輩もこの状況を忌避しているわけではないらしい。


 思えば許可も頂いておらぬのに、吾輩の方から主に声を掛けるなど、今までの吾輩であれば考えられぬ。

 

 力持たぬただの黒猫となり、なぜかただのヒトとして冒険者を始められた主に付き従うことは、どうやら吾輩にとっても「愉しい」ことのようだ。


「よーし、よし! 順調順調!」


 とはいうものの、やはり我が主ともあろうお方がレベルが1上がっただけでこのお喜び様というのは理解できない、というか慣れは出来ぬのだが。


「お、おめでとうございます?」


 だがどうあれ主が強くなることは眷属の喜びでもある。

 であれば少々どもりがちになったことは横に置くとして、祝いの言葉をお伝えするのはしもべとして当然のこと。


 どうせ吾輩の足りぬ頭をどうこねくり回したところで、深遠なる我が主のお考えを理解することなどできようはずも無し。


「う、うん。ありがと……」


 であれば、このような答えを下さる主と、共にいさせていただけることを素直に喜べばよい。

 どうやら我が九つの尻尾どもは本体である吾輩よりよほど素直な様で、主にお声を掛けていただけば機械仕掛けのようにピンと伸びる。


 吾輩もそれに倣うとしよう。

 

 吾輩がただの小動物でしかなかった頃から今に至るまで、長い時間と共にそれはもういろいろなことがあった。

 それは我が主に傅き、共にというのは烏滸がましかれども戦場を駆けた記憶だ。


 吾輩が出逢った時から、すでに揺るぎなき存在であった我が主。

 その主が吾輩の過去と同じく、ただのヒトであった頃から『黒の王』に至るまでを共に追体験できるのであれば、それはしもべとして、眷属として――恐れ多くもとして、望外の喜びとするべきであろう。


 吾輩より上位におられる方々からの嫉妬が少々恐ろしいのではあるが……


「よっし、じゃあ今日のところは帰還しようか。冒険者ギルドに報告して報酬受け取って、旨いもの食べて早く寝よう!」


 うむ。

 主自ら餌を投げ与えてくださるのは、吾輩の喜びとするところだ。


 「大妖」としての面子などと人の真似事をしてみたりもしてきたが、主にかまってもらいつつの食事に勝るコトなど吾輩には存在しない。


 それが上位の方々に、どれほど妬まれようともだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る