第100話 襲来①

 超高速で『九柱天蓋』へと降りきたる三体の影。


「ありゃ、シェリルさんは失敗したか……無事だと良いけど」


 それを捕捉したヒイロが独り言ちるが、公式歓迎会レセプションでヒイロと歓談している者たちには当然なんのことだかわかるはずもない。


 冗談では「一緒に行ってよ」だの「蜜月旅行ハネムーンだね」だの言っていたシェリルだが、実際に十三愚人の元へ赴くとなった際には真顔で一人で交渉に行くと断言したのだ。


 まあ帰って来なかったら助けに来てよねとは言われているので、ヒイロとしては約束は守るつもりである。


 だが助けに言った時点で無事でなければそこまでは知らない。


 まあこの世界の中の者が相手であればあれだけの美貌とスタイルを誇っている女性なのだ、無力化されて囚われたとなれば無事ではすむまい。


 だが相手が十三愚人となればお互いがプレイヤー、しかもそのゲームはT.O.Tと来ている。

 どれだけアバターが魅力的でも中の人が高確率で男の可能性が高いとなれば、まあ無事なんじゃないかなあと楽観しているヒイロである。


 当然護衛武官たち――レベル7のヒトであっても察知できた襲撃を、ヒイロたち『天空城』勢が見逃すはずもない。

 三体それぞれがどこを狙っているのかも含めて、瞬時で完全に掌握している。


 Ⅱは今ヒイロたちのいる、公式歓迎会が行われている主宴会場。


 Ⅷは『九柱天蓋』旗艦の基部に在る、この地を宙に浮かべることを可能としている魔力炉。


 Ⅸは三大強国の象徴ともいえる、接舷されたシーズ帝国軍の総旗艦『八竜の咆哮アハト・ドラヘングブリュール』と、ヴァリス都市連盟の魔導浮遊戦艦『大嵐タービュラント


 それぞれそこへと一直線に向かっていたが、充分な余裕をもって『管制管理意識体ユビエ』が展開した多重防御障壁が、目標に到達する前にすべてを弾き返す。


 障壁が数枚割り砕かれるが、それでも半ばまでも至れてはいない。


 如何にEx-プレイヤーたちとはいえ、『黒の王』の能力の一部と、その居城である『天空城』の全機能を自在に駆使する『管制管理意識体』の護りを抜くことは容易ではない。


 それに重ねて、即座に白姫が『静止する世界』を展開。


 黒白の世界にすべてが囚われ、そこで動くことが可能なのは『白姫』――運営の憑代であり、不正者チーター粛清ユニットであった『凍りの白鯨』が認めた者のみ。


 だが――


「ユビエ――――撃て」


 だがヒイロの――いや『静止する世界』が展開された瞬間に『黒の王』本体を呼び出した、ブレド・シフィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイの指示に従い、一切の躊躇なく『天空城』の主砲が三閃する。


 地平の彼方から『九柱天蓋』上空で動けないはずの三体を穿たんと放たれた魔導砲は、その目的を果たすことなく逆の地平へと突き抜ける。


 躱されたのだ。


「そんな……」


 常に動じない白姫が、さすがに動揺を見せている。


 不正者チーターを粛清する己の根幹ともいうべき能力を、あっさりと破られたとあってはそれもやむなしか。


 だが何もこれが初めての事というわけではない。そもそも白姫として、己が『天空城』の軍門に降ることになったのは、『黒の王ブレド』の下僕たちが『静止する世界』をこともなく食い破ったからであったのだ。


「まあそうでなければただの阿呆よな。――我々に白姫が与しているのを知ってなおの襲撃とあれば、『静止する世界』を破る術を持っていて当然」


 久しぶりに『黒の王』本体へと戻った、ブレドが嗤う。

 『黒の王』はこれあるを予測して、ユビエに撃てと命じたのだ。


 元プレイヤーであるからには、『凍りの白鯨』の能力を知っていて当然。

 そのうえ『凍りの白鯨』とアーガス島上空であれだけ派手な立ち回りをしたうえ、その直後に干渉もされている。


 『静止する世界』に抗する手段を持たぬままの襲撃など、自殺となにも変わらない。仕掛けてきたということは、つまり破る手段を持っているということなのだ。


 どうやってかは、今はまだブレドにもわからない。

 だがそんなことは大した問題ではない。


 売られた喧嘩は高値買取が『天空城』の不文律。

 殺さぬ程度に張り倒してから、本人たちに聞けばそれで済む。


 ブレドは十三愚人たちを今ここで殺すつもりはないが、間抜けに逃がすつもりもまたありはしない。


 敵対の意志を明確にしたものを、ただで済ます気などハナからないのだ。


 予測を立てられていることなど恐らくは承知で、それでも一応『静止する世界』に捉われたフリをするあたり、いかにもプレイヤーっぽくて『黒の王』は嗤う。


 そしてフリを続行したまま喰らうでも、何らかの手段で防ぐでもなく、躱したという事実。


 それは十三愚人とて、『天空城』の魔導砲の直撃を喰らえばただでは済まないということを示唆する。

 そしてその程度の相手であればブレドの下僕たち、中でも序列一桁の連中の敵ではない。


 それすらも擬態、罠の可能性も無くはなかろうが、そこまで疑いだせばキリがない。


 そもそも相手が実力を隠した格上だというのであれば、そもそも打てる手などない。どのみち場に晒された情報カードだけで判断し、行動するしかない事に変わりはないのだ。


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