第118話 悪意の蠢動①

 ラ・ナ大陸北東部、クフィム峡谷。


 ヴァリス都市連盟の最北部に位置する五大都市の一角『ズィー・カーク』の東部国境、シーズ帝国の西部国境、ウィンダリオン中央王国の北部国境に接している。


 そしてその開けた最北部は中小国家がひしめく地域に接しており、三大強国も含めれば13もの領土がクフィム峡谷という一帯で入り混じっている。


 それぞれの国家が主張する国境線はあるものの、それが一致している国は一国もない。現実的にはウィンダリオン中央王国、シーズ帝国、ヴァリス都市連盟それぞれの軍事基地あたりで、現場での暗黙のようにして国境線が定まっているのが実状だ。


 複雑に入り組んだ隘路はそれぞれの国の辺境区に通じ、平時とはいえ各国それなりの軍備を配している要衝である一方、肥沃な土地というわけでもなければ希少な鉱物が採掘できるわけでもない。


 各々の国境を警備する軍がひしめく不毛の地、それがクフィム峡谷周辺なのである。


 時は深夜。


 ウィンダリオン中央王国の王都ウィンダス上空、『九柱天蓋ノウェム・カノピウムズ』旗艦での公式歓迎会レセプションはすでに終了し、明日の舞踏会バラーレに備えてほとんどの者が眠りについている時間帯。


 こんな時間まで起きている者は、基本的に碌なものではない。


 それは『世界会議コンルクウィム・オヴィテラルム』が開催される王都ウィンダスであっても、国境混在地帯であるクフィム峡谷であっても変わらない。


 悪巧みをしている者たちこそが、夜の闇に紛れて蠢くのだ。


 もっとも今宵は月夜。

 その反射光はこの時間であっても真の闇を許さず、明るい夜となしている。


「しかし南の空に『九柱天蓋』が無いというのも、落ち着きませんな」


「まあな。――だからこそ、こんな時間とはいえこんな行動がとれるともいえるが」


「違いありません」


 深夜のこんな時間に行軍している部隊の、隊長と副官の会話である。


 クフィム峡谷に国境を接する喰中堅国家群の一つ、リーングランド王国の辺境軍八千。それが可能な限り静かに、クフィム峡谷の隘路を重装備で進んでいる。


 兵はすべて騎兵。八千の騎兵と言えば、リーングランド王国の辺境警備軍、その主力全軍と言っても過言ではない。


「ウィンダリオン中央王国軍と、シーズ帝国軍に気取られるわけにはいかぬからな」


「大国二国の国境線からは遠く離れております。――まず捉えられることはないかと」


 副官の言葉にむっつりと頷きながら、部隊長は油断していない。


 『九柱天蓋』が天空に浮かんでいないとはいえ、大国の索敵能力を過小評価するつもりなどないのだ。


 もっとも万が一察知されたとしても、言い訳はいくらでもたつようにはしている。


 ウィンダリオン中央王国とシーズ帝国の国境へ近づいているわけではない以上、ヴァリス都市連盟とリーングランド王国を含む中堅国家の自称国境線が入り混じる地域で軍を動かしたとしても、敵対と見做されることはないはずだ。


 とはいえ、もちろんリーングランド王国の辺境警備軍が単独でどこかの国へ攻め入ろうとしているのではない。


 『世界会議』の隙をついて軍事行動を起こすことなど、中堅国家であるリーングランド王国一国にできることではない。

 だが今、夜陰に乗じて行軍しているのはリーングランド王国の辺境警備軍だけではないのだ。


 ウィンダリオン中央王国、シーズ帝国、ヴァリス都市連盟都市という三大強国を除いた十国すべての辺境警備軍主力が、ヴァリス都市連盟の国境警備基地、五大都市『ズィー・カーク』との国境線を目指している。


 それはこの機に中堅国家連合軍で、ヴァリス都市連盟に属する『ズィー・カーク』を攻めようというわけでもない。


 基地にて『ズィー・カーク』の国境警備軍と合流し、その領土を抜けてヴァリス都市連盟の五大都市の一つ、商業都市『ハシュ・ラパン』へ攻め入る為である。


「まあ万が一露見したとしても、ウィンダリオンとシーズは動くまい」


「そう願いますが……」


 副長も表情は晴れない。

 確かにウィンダリオンとシーズという二大国が動く大義名分はない。


 だからこそ、自分たちリーングランド王国を含む中堅国家十国は、『ズィー・カーク』の誘いに乗ったのだ。


 曰く、『ズィー・カーク』の基地にて11国の軍を集結、そのまま『ズィー・カーク』領内を抜けて隣接する五大都市『ハシュ・ラパン』へ攻め込む。


 自分たちは、国の制御を離れた反乱軍としてだ。


 タイミングは明後日、『世界会議』が開始されて以降。

 その間、大商業都市として栄える『ハシュ・ラパン』でどれだけ略奪を行っても不問にするとの言質を、『ズィー・カーク』市長からリーングランド始め、辺境軍に反乱される予定の国々のトップは得ている。


 その後『ズィー・カーク』の正規軍による反乱軍の鎮圧。


 自分たちはそれまで略奪の限りを尽くしたのち、正規軍の苛烈な攻撃に全滅させられた態でそれぞれの国へと帰還する。


 表面上、リーングランド王国はじめ中堅国家十国は軍の暴走を抑えられなかったことをヴァリス都市連盟へと謝罪、その補償を反乱軍を制圧した『ズィー・カーク』へと支払う。


 もちろんこれは茶番だ。

 それも相当に粗いもの。


 だがアルビオン教に協力した『ズィー・カーク』の半ば自棄ともいえる行動に、リーングランド王国他、中堅国家十国は乗るしかないと錯覚させられた。


 ただでさえ強国であるウィンダリオン中央王国が、神をも殺す力と結託して『世界会議』を開催するという。

 大国であるシーズ帝国はそれなりに遇されようが、先の『アーガス島侵略戦争』で敗戦国とされるヴァリス都市連盟は、下手をすると解体される可能性すらある。


 そうなれば三大強国の均衡を大前提に生き延びていたリーングランド王国をはじめとした中堅国家群など、ウィンダリオン中央王国と冒険者ギルドに呑み込まれるしかない。


 死にもの狂いで工作に出た『ズィー・カーク』にそう信じ込まされ、リーングランド王国他十国はこの計画に参加したのだ。


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