第119話 悪意の蠢動②
「例の『神殺しの英雄』ならば心配あるまい。強大な個の敵であれば倒せようが、数万の軍をたった数人でどうにかなどできるはずもない」
「まあ確かにそれはそうでしょうが……」
隊長の言葉に、副長は頷く。
正しい『神殺し』の情報を得られていない者たちは、どこまで行っても自分たちの常識で判断するしかない。
顕現した神を殺したと言われたところで、
そして
実際過去に数例、実績もある。
本来は自ら侵攻してこない『連鎖逸失』の向こう側の魔物が、魔物領域から人の住む地へと出てくるという異常事態。
その際、三大強国を中心とした各国の正規軍、冒険者ギルドの手練れを集めた『汎人類防衛軍』十数万をもって、その侵攻を止めたことはあるのだ。
その際のあまりにも甚大な被害ゆえ「大災害」として歴史に刻まれてはいるものの、確かに数の力で強大な魔物を退けた実績はある。
であれば『神殺しの英雄』が数名いたところで、数万の軍勢であれば倒し得る。
そう思ってしまう。
それが不可能だと理解しているのは、今はもう瓦解してしまったアルビオン教の教会騎士団と、聖戦を騙った侵略戦争の情報を正しく掌握できている大国たちだけなのだ。
「だいたいウィンダリオン中央王国領にも、冒険者ギルドにも手を出すわけではない。――であれば動く理由もあるまいよ」
「確かにそうですな」
『ハシュ・ラパン』は迷宮からも魔物領域からも遠く、幸いにして冒険者ギルド支部は存在しない。
かわりに在るのは、金さえあればどんな愉しみでも得られるという各種商業施設の数々だ。その中にはアーガス島の夜街など比較にならぬ場所も当然ある。
「なんの愉しみもない辺境に追いやられていた、我々に巡ってきた幸運とするべきですか……」
「他国に後れを取るわけにはいかんぞ」
お互いの理屈で勝手に安心した後に頭をもたげるのは、どす黒い欲望。
表面上はどうあれ、自分たちは仕える国の指示に従って軍事力を行使するに過ぎない。
その相手が軍隊ではなく、たかだか商業都市の警備部隊程度であれば何の問題もない。
さっさと片付けて、後はお愉しみだ。
もちろん全員が全員、そういう下種ばかりというわけではもちろんない。
だが今、『ハシュ・ラパン』を目指す軍隊――暴力の塊は、上層部の命令という錦の御旗を得てその欲望をまき散らかさんと進軍を続けている。
『世界会議』に泥をなすりつけ、各々の個利を満たすために。
どれだけ強大な力を持とうとも、欲に支配されたヒトの群れを御することなどできないことを、思い上がった超越者気取りに思い知らせるために。
だが。
クフィム峡谷のはるか上空。
満月の月の光をも透過させた状態で、『天空城』が浮遊している。
「――愚か者共が」
エレアが吐き捨てるように言う。
命令を受けた軍隊が、たとえそれがどんな理不尽なものであれそれに従うことを『天空城』序列№002、相国の地位にある『万魔の遣い手』エレア・クセノファネスは否定しない。
それは自分たち下僕が、
自分たちとて、『黒の王』の命に従って何の罪もない国を、人々を蹂躙したことなど幾度もある。
商業都市の一つを蹂躙したからとて特に何の感慨も得ることなどない。
エレアの怒りはただ、今『天空城』が完全に掌握しているヒトの軍勢が、主であるヒイロに敵対する行動をとっているせいでしかない。
ヒトがどんな思惑で、同じヒトをどんな目にあわせようがエレアの知ったことではない。どんなカタチであれ、力において勝る者が好きに振る舞えばよいのだ。
それこそが正しい世界の在り方だと思う。
――だが、
そしてエレアは嗤う。
『黒の王』やヒイロにはけして見せぬ、邪悪な笑顔で。
力をもって他者を蹂躙しようとした者どもは、それ以上の力でもって何をされても文句を言う権利などないということ程度は理解できていような、と。
主人に待てを言われて従えない犬は、天空城においては殺処分される。
主に吠え掛かる野良犬がどうされるかなど言うまでもあるまい。
地べたを蠢くヒトの群れが何を画策しているのかはどうでもよい。
だがこの愚か者どもは、エレアの主の命令一つで、想像すらしたことのないカタチの死を迎えることになる。
『黒の王』、ないしはヒイロの直接指揮下から離れた『天空城』の下僕たち。
それと敵対した者が、どんな目にあわされるのかを世界は知ることになる。
明後日の『世界会議』開催中。その時間、商業都市『ハシュ・ラパン』には、地獄が現出することになるのだ。
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