第120話 とあるおっさんの覚悟①

「自覚……自覚な……」


 公式歓迎会レセプションが終了した後、用意された部屋に戻ったポルッカ・カペー・エクルズ子爵は眠れずにいる。


 もちろん呑みすぎたというわけでもなければ、食べ過ぎたというわけでもない。

 それどころか上等な酒もうまい料理も、まともに喉を通らなかったと言った方が正しい。


 さもありなん、としか言いようがないだろう。


 公式歓迎会が開始される直前、立礼レシービング・ラインでのヒイロたちとの会話を想い出してポルッカは頭を抱えているのだ。


 のほほんと構えているように見えたヒイロに対して「もうちょっとこう、自覚持ってくれ自覚」などとポルッカは言い放ち、その発言を今や『神殺しの英雄』の一人であるアルフレッドに、それは自分だろうと諭された。


 自分をヒイロのおまけ程度に考えていたポルッカは「はあ!?」などという間の抜けた返答をしてしまった。

 だが、公式歓迎会が終わった今となってはアルフレッドの言うとおり、最も自覚が足りていなかったのは己だということを、それこそポルッカは自覚している。


 公式歓迎会ではきちんと主賓の一人としてポルッカは扱われた。

 用意されたこの部屋も、ヒイロの部屋と同格のものだ。


 つまりはシーズ帝国の皇族や、ヴァリス都市連盟の総統一家よりもわかりやすく格上の部屋なのだ。


 「ウィンダリオン中央王国貴族エクルズ子爵家当主」などという肩書がただの飾りに過ぎないということは、当のウィンダリオン中央王国の伯爵だの侯爵だののポルッカに接する態度でよく理解できた。


 彼らの態度が、たかが新参の子爵家当主に対するものなどではけしてなかったからだ。


 ほんの数か月前まで、アーガス島冒険者ギルド支部の一受付中年であったポルッカの自覚が追い付くには、少々無茶が過ぎる。

 だがさすがにポルッカも自覚せざるを得なくなった。


 今のポルッカの本質は、エクルズ子爵家当主でもなければ、アーガス島独立自治領の御領主様でもない。


 『連鎖逸失ミッシング・リンク』から解き放たれた迷宮ダンジョン魔物領域テリトリーが生み出す莫大な権益すべてを管理することになる冒険者ギルドの総ギルド長という地位ですら、最も豪華な勲章という域を出ない。


 ましてや本来ヒイロがポルッカを信頼する理由となった、冒険者ギルド職員としての能力や経験など、誰も今のポルッカに求めてなどいないのだ。


 数か月前であれば口をきくどころか、至近距離に近づくことさえ許されなかった貴族のお嬢様たちが、アーガス島の夜街の娼婦たちよりも露骨にポルッカを籠絡せんとする理由はただ一つ。


 最優先するべき最重要人物ヒイロが、なぜか友人の如く気安く付き合う唯一の存在がポルッカだからである。


 思えばそうなのだ。


 とんでもなく美しかったり、優秀だったりする者たちはみなヒイロの下僕。


 親しげにしている『黄金林檎アルムマルム』のヴォルフやサジたち、今や「神殺し」となったアルフレッドやアンヌたちも下僕とはいかぬまでも、より多く利益を享受する側が一歩を引き、ヒイロの方も基本的に丁寧な接し方を崩さない。


 小女王スフィアや、公式歓迎会で引き合わされたシーズ帝国やヴァリス都市連盟のお姫様たちへの態度は、今はまだ他人行儀の域を出るものではない。


 今後は知らんが。


 そんな中なぜかヒイロは、ポルッカにだけは気安くバカなことを言い、嫌味や冗談をごく普通に交わしあう。


 そう、ヒイロはポルッカに対してだけ気安いのだ。


 いうなれば、歳の離れた友達に接するかのような態度を、ヒイロはポルッカにだけ取っている。

 そうとなれば、ポルッカが中年であろうが、髪が少々心許なかろうが、そんなことは些細なことでしかなくなる。


 最重要人物ヒイロの唯一人の友人。

 それがいまのポルッカの見られ方であり、そしてそれはあながち的外れとも言えない。


 もともとの能力があるだのないだのはもはや関係なく、今ポルッカを飾るあらゆる肩書はそれがあったからこそ手に入ったものであることは事実だからだ。


 ゆえにこそ、ポルッカを侮るような愚か者は『世界会議』に参加する位置にある者には誰もいはしない。

 巨大な力を持った者に友と遇される――――それもまた一つの力であることを、世界を左右する立場にある者ほど充分に理解している。


 虎の威を借れる狐は、すでにただの狐ではない。

 それを馬鹿にする者こそ、愚か者の誹りを免れえないのだ。


 それを理解しているからこそ、『世界会議』の使節団には美女たちが必ず付き従っており、今日の公式歓迎会レセプションや明日の舞踏会バラーレにおいてその魅力を競い合う。


 王者の信頼、寵愛には力があるのだ。


 そしてその力を持つ者へ取り入らんとすることもまた当然。


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