第117話 無垢なる娼婦②

 そしてそのカタチの力であれば、だれにも負けぬ自信がアンジェリーナにはある。

 それは根拠なきものではなく、これまでの経験の上に成り立つ確固としたものだ。


 ユオとスフィアがその欲を宿す理由も、報告を受けた今では一応理解している。


 暴力こそを力と見做す者たちにとって、ヒイロとその仲間たちは絶対者と呼んで過言ではない存在なのだろう。

 国家の持つ最大の力が「軍事力」という名の暴力である今の時代、その責任を担う者たちが欲得抜きでヒイロを見ることは不可能だということもわかる。


 だからこそユオとスフィアは、自分と同じ立ち位置まで堕ちたともいえる。


 王家や皇族と言った力がまるで通じぬ相手に、その責を担ったまま女として相対せねばならないからこその先の表情だ。


 圧倒的な高みヒイロの立位置から見れば、王族も皇族も市井もみな同じようなものと化す。叩けばいつでも潰せるという意味において、本質的にみな横並びにならざるを得ない。


 つまりアンジェリーナはあの二人と、同じステージで戦うことができるのだ。

 それが嬉しくて、心から笑う。


「そして私が……こうなるなんて」


 アンジェリーナは今、生まれて初めて女として欲情している。


 男に組み敷かれて躰を許す。

 そんなことはもう、今まで数え切れぬくらい繰り返してきている。

 それで躰が得る快感も嫌になるほど覚えさせられたし、今はもうそんなに嫌いでもない。


 だが自分から組み敷かれるのではなく、組み敷きたくなったのは本当に生まれて初めてなのだ。


 自分を男の欲望の視線で見る男たち皆が、蒼褪めて下を向くことしかできない絶対の暴力をその身に宿した存在。


 その気になればこの世界さえも滅ぼせるだろうと、大国の指導者たちが真面目な顔をして語る『神殺しの英雄』


 そんな特別な存在が、今まで自分を好きにしてきた男とたちと同じように、自分の上で馬鹿みたいに腰を振っているところを想像すると躰の芯に灼熱が燈る。


 そして自分に夢中にさせた後、取るに足りない男に自分が躰を許せばどうなるのかを想像すると、思考が蕩ける。


 嫉妬に狂って相手の男を殺すのだろうか? それだけでは収まらず、アンジェリーナ自分も薄汚い売女として断罪してくれるのだろうか。


 それでもいい。

 いやそれがいい。


 世界を滅ぼせる力を持った男が嫉妬に狂って自分を殺すなら、自分はこの世界と等価だと思い上がったまま死ぬこともできるだろう。

 もう汚れきって取り返しのつかない自分には、望外の最後ではないのかとさえ思う。


 もはやアンジェリーナは、自分がヒイロに女として気に入られた場合にヴァリス都市連盟が得る利益などどうでもいい。


 今更自分だけを選んでほしいなどという、少女のような願望などももちろんありはしない。

 なんなら第一皇女ユオ小女王スフィアと一緒に閨に呼ばれたってかまわない。


 まともな二人はもちろん、そんな乱行を望んだヒイロすら引かせる痴態を見せ、その上で絶対者を自分に夢中にさせてみせる。


 男にそう扱われるのが、世界が定めた自分の在り方だと言うのなら。

 だったらせめて世界を好きにできる男に組み敷かれて、抱き潰されたいと思うのだ。


 そのための手段を選ぶ気など、アンジェリーナには毛頭ない。


 明日の『舞踏会バラーレ』ではヴァリス都市連盟の総統令嬢として、ヒイロと何曲かを共にすることは間違いない。


 つまりヒイロは、自分に触れるのだ。


 今宵の公式歓迎会レセプションで、ヒイロは今までの男たちとは似て非なる反応を示してアンジェリーナを内心かなり驚かせてみせた。

 だが実際にアンジェリーナの躰に触れて、平気であった男などこれまでにただの一人もいはしない。


 であれば明日のダンスで、手を握り肌を触れさせれば、たとえヒイロと言えどもそうなるはずだ。


 それを想像して、無垢な笑顔をアンジェリーナは浮かべる。

 明日自分は生まれて初めて、女に生まれてよかったと思えるのではないかもしれないと。


 だが世界に呪われ、かくあれかしと定められた清楚な娼婦、アンジェリーナ・ヴォルツはまだ知らない。


 その呪いが通用しない男に、ただの女の子として扱われた時に自分が得る、喜びと絶望を。


 そしてそれを得たがために、自分が想像していたのとはまるで違う女としての人生を送るようになることを。


 そのことを知らぬまま、アンジェリーナは嗤う、笑う。


 男の脳を蕩かせるような妖艶な笑顔で。

 見た者が護りたくなるような、無垢で純真な笑顔で。


 明日の村祭りでのダンスを楽しみにしている、市井に暮らす一人の女の子のように。

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