第122話 舞踏会の夜①

 舞踏会バラーレの夜。


 御披露目舞踏会デビュタント・ボールでもないのに、年若い女性たちが身に着けているドレスの多くは白をベースにしたイブニング・ドレスだ。

 その頭にはみな、美しい花冠や、可愛らしい小冠ディアデムをちょこんとのせている。


 当然『世界会議コンルクウィム・オヴィテラルム』に参加するような階層の人間が、ドレス・コードの常識を知らぬことなどあり得ない。


 これは実際がどうあれ、狙いの主役たちに対する「自分は無垢ですよ」という、ちょっとばかり行き過ぎなアピールだ。


 奇を衒ったこの手の露骨なパフォーマンスは、中堅国家以下が冷笑を浴びることを覚悟の上で、それでもあえて目立つためにやらかすのが常。


 だが今夜はそれを嗤う者は誰も居ない。

 それどころか、告げられた舞踏会のドレス・コードをバカ正直に守った国こそが、己の不明を悔やんでいるという異常事態だ。


 三大強国と称される大国、そのそれぞれが擁するこの時代の三大美姫。


 ウィンダリオン中央王国の小女王、スフィア・ラ・ウィンダリオン。

 シーズ帝国の第一皇女、ユオ・グラン・シーズ。

 ヴァリス都市連盟の総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。


 この三大美女すべてが、純白をベースとしたドレスに身を包んで現れたとなればそうもなる。


 中には白ベースだけではなく、下品とされるギリギリのお色気系のドレスを恥ずかしそうに身に着けているお嬢様方もちらほら見かけられる。


 上流社会ハイ・ソサエティとはいったい、と言いたくなる光景ではあろうが――


 今この場にいる美しい女性たちにとって最優先されるべきは、目的の殿方の気を惹くこと。

 そのために有効でありさえすれば、その手段を選んでいる場合ではない。


 「ルール違反」が冷笑を浴びる程度で、即失格とならないのであれば使わない方が愚か者とされる。


 いやそもそもが「試合」ではないのだ。


 戦場で魔物に、いや魔物だけではなく敵に有効な武器を使わない者などいはしない。この場をある意味において「戦場」だと見做せていなかった温い者が、初手でまず選別されたというだけのこと。


 だがそんな舞台裏の事情はヒイロにはわからない。

 『天空城』の下僕たちや、ポルッカ、小女王スフィアらと話し合った通りに、己の演じるべき役をまっとうするのみである。


 超然と微笑んでいるように見えて、ヒイロはヒイロで結構テンパっている。


 素体としてヒトの域を軽く超える性能を持っている『分身体』ゆえに、ベアトリクスから教えられた各種ダンスは一度踊っただけで頭にも身体にもインプット済み。

 そのためダンスで恥をかくようなことはあり得ないし、レベル二桁を超えた今では一晩中踊っていたって体力的な問題は何もない。


 まともにダンスを覚えることを早々に放棄したポルッカと本質的には同じヒイロとしては、若くて高性能――天才と言われる人間とはこういうものなのだと初めて実感したりもしている。


 なにしろベアトリクスが言葉ではなくちょっとした仕草や足運びで「かくあるべし」を示してくれれば、身体と頭が連動してそれを最適化して覚え、二度と忘れないのだ。


 ――そりゃこういう形で基礎が全部頭と体に入っていれば、アレンジなんて言うとんでもないことも瞬時にできたりするよなあ……


 どこか他人事のように、今の自分の身体の高性能さに感心するヒイロである。


 つまりヒイロは舞踏会バラーレにおける作法ややらかしに不安を持っているわけではない。

 本来の自分のキャラからは遠く逸脱した、求められた役割を演じることに軽く鬱が入っているのだ。


 そのヒイロが今宵一人目のダンス・パートナーとして申し込んだ相手は、昨夜公式歓迎会レセプションに参加していた者たちの面前で「お姫様抱っこ」を敢行したシーズ帝国第一皇女、ユオ・グラン・シーズ。


 純白をベースとしたわりと派手、というかヒイロに言わせればドレス・アーマーにそのままアレンジできそうな衣装に身を包み、髪型は実はヒイロが大好きなポニー・テールのようにあげている。


 もっともかなり手が込んでいて、正確にはポニー・テールではないのだろうがヒイロの知識ではわからない。


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