第123話 舞踏会の夜②

 当然最初の一曲は最も注目される。


 通常であれば主賓のヒイロと、ホステスである小女王スフィア・ラ・ウィンダリオンが二人で一曲踊ることによって舞踏会バラーレの夜が始まることがラ・ナ大陸流なのだが、今夜はいろいろと変則的である。


 昨夜に引き続いてシーズ帝国を優先するヒイロの態度に、各国の参列者は頭をフル回転させるも、この場で答えの出ることではない。


 一曲目をお手本のように踊り終え、皆それぞれが躍りだす二曲目、三曲目もヒイロはユオをパートナーとして踊り続けた。

 四曲目に入る際にダンスの輪を抜け、手近な席で葡萄酒を呑みながら軽く歓談した後にユオを解放する。


 一曲目の途中から、傍目に見てもわかるくらいユオが真っ赤に茹で上がり、三曲目が終わるころにはにこにことした表情を崩さないヒイロに対して、腰砕けのようになっていたことを参加者たちは見逃してはいない。


 ダンスの途中でヒイロとユオが何か言葉を交わすたびに、ユオがそうなっていったのだ。


 傍から見る限り、それはユオのあざとい演技には見えなかった。


 つまりヒイロという『神殺しの英雄』殿は、大国シーズの第一皇女を素でテレさせたのだ。相手が籠絡にかかってきているという状況下にも拘らず。


 その証拠というわけでもないだろうが、本来であれば他のパートナーと踊るべきユオはヒイロとの歓談の後、撃沈されたかのようにダンス・ホールに出てこない。


 まあ誘う勇気のある男がいないというのもあるのではあろうが。


 そういった思惑をよそに、ヒイロが二人目に申し込んだダンス・パートナーはヴァリス都市連盟の総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。


 美しい蒼の髪を大人っぽく纏め上げ、清楚なイメージを崩さない程度に肌の露出や、躰のラインを強調したシンプルなマーメイドライン・ドレスにその身を包んでいる。コーディネイトとしては掟破りなのだろうが、ドレスグローブをせずに素の肌を晒している。


 手入れされた美しい爪や、グローブの代わりというように飾られた金鎖、銀鎖、を幾重にも重ねて宝石を配されたアクセサリーが艶のある生肌に映えて艶めかしい。


 こちらは軽くヒイロが赤面して始まった一曲目、その曲の途中にその素手でヒイロの首筋から頬に触れたアンジェリーナの大胆さに、ダンス・ホールは声なき驚愕に包まれる。


 一層赤面を強くしたヒイロと、ホールの一角で戦闘職であれば察知できたかもしれない抑えられた殺気が爆発的に膨れ上がったのを知る者はこの場には少ない。


 ちなみにその瞬間、『千の獣を統べる黒シュドナイ』がホールの隅でパタリと倒れている。


 それを見ていたアンジェリーナの本質を知っていると思い込んでいる、ヴァリス都市連盟の使節団は「してやったり」と思ったのであろうが、二曲目から様子が変わる。


 男を赤面させることはあっても、必要な演技以上でその頬を染めることなどなかったアンジェリーナの様子が、赤面するヒイロからなにか話されるたびに赤く染まっていったのだ。


 父親であるヴァリス都市連盟、現総統アレックス・ヴォルツも意外を感じながらも、そこまでせねばならない相手かと思っていたら、ユオに続いてアンジェリーナの反応も籠絡するための演技と言えぬものへと変化する。


 アンジェリーナが、涙を流したのだ。


 それも悲しそうな顔ではなく、泣き笑いのようにしてヒイロの胸にしがみつく。


 曲の途中ではあったが、そのままヒイロにエスコートされてダンスの輪を離れ、会場からも送られて自室へと退く。

 何が起こったかわからぬまま慌てて退出するヴァリス都市連盟の使節団がヒイロを見る表情は、昨夜の襲撃を退けたという事実を知った時よりも驚愕に満ちている。


 神に選ばれた清楚なる娼婦、男の心と身体を手玉に取るためにこの世に生を受けたとしか思えないアンジェリーナを、公衆の面前で泣かせたのだ。


 そして駆け引きも何もなく、人前でダンスの最中に胸に縋り付くさまなど、アンジェリーナをよく知る者ほど信じられない。目の前で起こったことだというのに、その映像を理解できない。


 神を殺せる力を持った者は、悪女の一人や二人殺すのも容易いのか。

 アンジェリーナを知る者ほど、それに近しい驚愕を得ている。


 そしてヒイロが三人目に選んだ、ダンス・パートナー。


 明日の『世界会議』において、実質的にラ・ナ大陸を統べることになるウィンダリオン中央王国の小女王、スフィア・ラ・ウィンダリオン。


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