第206話 はじまりの愚か者④

『まあさすがにそれが衛星――二つの月の片方だとは予想の斜め上だったがな。とはいえなかなか外連味に富んでいて、私は嫌いではない』


 『十三愚人』の本拠地はラ・ナ大陸から二つ観測できる月のうちの一つ。

 地上からは見た目上だけ大きく見える、より近い位置に在る衛星である。


 表示枠での会話を続けながらその軌道上にはすでに『天空城』が転移して来ており、遺跡のようにその表面に存在する朽ちた元プレイヤーたちの数々の、その機能を消失した拠点群を睥睨している。


 月の代わりに、半月状に欠けた巨大なラ・ナ大陸が存在する青い惑星と宇宙空間を背景に浮かぶその威容は、幻想的という言葉をそのまま具現化したような光景である。


 ――たぶんラスボスはもう一つの月……地上からは小さく見えるけど、より距離があるためにこの月よりも巨大な方にいるんだろうなあ……


 などとゲーム時には想像もしていなかった、宇宙すらも舞台に含められたことに密かに興奮している黒の王の中の人である。


――「世界の舞台――Theatrum Orbis Terrarum」というタイトルである以上、宇宙とて世界の一部ではあるよな。


などと妙な納得も得いてる。


『という訳で筆頭殿だけではなく、『十三愚人』の他の№の方々、その全ての居場所を捕捉済みだ。そのことは皆様の前に表示枠が顕われていることでハッタリなどではないことをお判りいただけていると思う。どうあれこうなれば我々は二度と失探ロストすることはない』


 青い惑星ほしを背景に売宙に浮かぶ天空城を表示枠を介して『十三愚人』の残存勢力全員に示しながら、黒の王が宣言する。


『ただまあ、Ⅰ以外のナンバーズの方々には、しばし事の推移を見守ってもらうことをお勧めする。今いる場所から動きさえしないでいてくれれば、我が下僕しもべたちを差し向けて力尽くでどうこうしようというつもりはない。その結果を見てから我々とどう付き合うかを決めてくれればよい』


 要は『十三愚人』たちにⅦ――シェリルと同じように天空城の協力者として降れと言っているのだ。

 そのために天空城が協力したⅦであってもあっさりと無力化してみせたⅠを、この場で倒すと宣言している。


 確かにそれが出来れば、他の『十三愚人』たちに残された選択肢などなくなるだろう。

 すでにⅡ、Ⅳ、Ⅷの3体は天空城の手に堕ちているからにはなおさらである。


 この宣言によって、少なくとも位置との決着がつく前に無謀な行動を起こさんとする者は誰もいなくなった。


「ふ、我のみが例外か」


天空城うち同盟者殿シェリルが雪辱に燃えているものでな』


 しかもそれは現プレイヤー――黒の王が直接手を下すのではなく、一度は完璧に敗北した同じ愚人であるⅦを以って為すつもりなのだ。


「……何度やっても結果は変わらぬと思うが?」


「さーてそれはどうかしらね? 今回の私を前回と同じだと思わないでくれるかな?」


 一度は完封した自信からかそう嘯くⅠの前に、『螺旋の王クンダリニー』本来の姿となっているシェリルが転移で顕れた。


 その自信の根拠は今回は単騎ではなく、黒の王からの勅命を受けた千の獣を統べる黒シュドナイを伴っているが故か。


 どこか気が進まなそうなシュドナイに反して、一度負けたことなど関係ないとばかりにご機嫌なシェリルである。


「己が愚かな望みを諦めて、代替品でよしとするのかセプテムよ」


 その様子を目にしたⅠが、どこか寂しそうな声でシェリルにそう問う。

 

 シェリル自らも愚かな望みだと認めているとはいえ、そのためだけに幾度も共に千年の時間を繰り返した相手なのだ。

 それがその望みを諦めたとしか思えない様子には思うところもあるのだろう。


「だーかーら。Ⅶって呼ばないでって言ってるでしょ! もうそれはやめたの。アンタが仕込んだ罠にそうあることが必要な要素があるんなら、その時は求められる役割を果たすことは吝かじゃないけど、あくまでもそれはヒイロ君のためだかんね」


 だが答えるシェリルには、感傷的な様子は見られない。

 あっけらかんと踏ん反りかえって天空城に――ヒイロに味方することを改めて宣言している。


「そうまでして媚びてでも、よく似ているだけの偽物を求めるのか」


「まー、確かにアンタのいうことも間違っちゃいないわ」


 鼻白むⅠに対して、ため息交じりにシェリルが認める。

 浮かべている表情こそ苦笑いだが、そこにはⅠよりも深い哀しみが漂っている。


 勝手に偽物呼ばわりされている千の獣を統べる黒シュドナイにしてみれば言いたいこともあろうが、確かに自分は黒の王の下僕しもべであって、『螺旋の王クンダリニー』の下僕しもべであった記憶など欠片もない。


 我が主である黒の王が、名と姿が同じだけの存在を自分として扱ったときのことを思えば臓腑が冷える。

 ゆえに千の獣を統べる黒としては、シェリルにとっての己が「偽物」であることを認めることに忌避はない。


 それでもなお己にかまってくる気持ちもまた、理解できなくもないのだ。

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