第205話 はじまりの愚か者③

 ――そうだよなあ……現実はそんなに甘くないってのも確かだけど、なにかをやる、絶対にやってのけてみせるという意志がはじめに無けりゃ、そもそも現実を変えることなんでできゃしないよな。


 現実は甘くなんてない。


 それに間違いなどなくとも、やはり根っこの部分は意志や想い――心がすべての結果を導くはじまりである事もまた確かなのだ。


 人事――いや天空城においては化け物事を尽くすことなど最低限。

 その上で黒の王の下僕しもべたちは天命を待つなどと言う可愛らしさなど持ち合せておらず、尽くした化け物事全力をも上回る精励によって、奇跡だろうがなんだろうが成し遂げてみせるのだ。


 それがどのような不可能ごとであれ、我が主と仰ぐ黒の王が望むことなのであれば。


 そこには理屈もへったくれも関係ないのである。

 

 そして、そんな奇跡を引き起こすことも可能な世界がこそがなのだ。

 ゲームの世界を現実化させ、魔法が実在し魔物が溢れ、魔導具によって寿命に寄らぬ死すらも退け得る世界。


 物理現象のありとあらゆるを成立させるこの世界において、意志こそがすべての法則をも凌駕する。

 この世界の軸足、最も根本がそう在ることを天空城の下僕たちは実証している。



『ははは。その反応から察するに、私の予測はそう外れてはおらぬようだな。』


「なにを言っている?」


『なに、貴殿がこの世界の真の黒幕ではないという、私の推論がほぼ当たっていたということだよ。そしてどうやらその真の黒幕は貴殿とは違い、この物語が――世界が正しい終劇に至ることを望んでいるということらしい』


「なにを勝手なことを」


 だがどうやらⅠはナニモノかから与えられた一つの能力として、『制止する世界』を破り、敗れたプレイヤーを新たな『愚人』と為しているらしい。


 どれだけチートに見えようとも、この世界の創造主がかくあれかしと定めた規律ルールの範疇を脱せてはいないがゆえの動揺と激昂なのだ。


 おそらくは同じ『愚人』であるシェリルを手玉に取ったのも、その範疇に在る。


 だからこそ、今までこの世界に敗北するように導いてきたすべてのプレイヤーたちとはまるで異質である天空城勢が理解できない。

 敗北の屈辱と、捨てきれぬ己が望みのために『愚人』と化した元プレイヤーたちとでさえ比べ物にならない。


 あるいはこの天空城勢であれば――


『だからこそ、我らの行動がその意に沿うものであるのなら協力もしてくれる。我らが『凍りの白鯨』の『制止する世界』を喰い破れたのも、味方にするというイレギュラーを起こせたのもそのおかげかもしれんな。今回貴殿らの本拠地を我々が捕捉することができたのもまた、そのパターンだとは思わぬか?』


「…………」


 言われた。


 別にⅠが知るゲーム・マスター――かつてⅠの望むがままにこの世界を創り上げ、「T.O.T」というゲームの規律ルールを骨子としたが、意図的に天空城を、黒の王とその下僕たちの望みを叶えているという訳ではない。


 『制止する世界』を意志の力で叩き壊してみせたのも、『凍りの白鯨』が下僕となる気になったのも、またたった今、Ⅰの所在地を把握してのけたのも。

黒の王や下僕たちが己の能力を全開して不可能を可能為さしめたのは、その絶対の意志によるものだ。


 


 星を渡るが集めた星々の力は、ありとあらゆる奇跡を可能とする。

 だがそのカタチを決めるのは、あの惑星でだけ無限に生まれ来る意志――魂という力のカタチだけのだ。


 無限の力は強い意志に従う。


 それを理想としてはただ希少な力のカタチとして意志が生まれる惑星をも収集しようとしたから離れて彼らを支配下に置き、本来の主人公に討たれることで、すべての力をこれからも生まれ来る意志持つ者たち――人に委ねようとしたのだ。


 だがかつてⅠは彼を失う事に耐えられず、失敗した。


 だから彼は自分が負けるべき最終の敵であれるうちに、Ⅰの代わりに本来のシナリオを完遂してくれるものを呼び続けている。


 それをⅠは邪魔し続けている。

 たとえ最後は大な意志になって、人も彼も彼らに呑まれることになっても、その瞬間まで彼を失わずに済むように。

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