第204話 はじまりの愚か者②

 自分を含めた誰にも、この世界を結末に至らせないこと。


 終劇エンディングに至らなければそのゲームの世界が閉じないように、このナニモノかに創り出されたラ・ナ大陸――「T.O.T」が現実化した世界を終わらせないことこそがその目的。


 自らが狡猾にミスリードし、ゲーム・マスターが望む正しい結末に至れなかった者たちの欲や執念すら利用して、次々にこの世界に呼びこまれるプレイヤーが世界を終わらせる――真の終劇トゥルー・エンドへ至ることをなんとしてでも阻止する。


 そのために『連鎖逸失ミッシング・リンク』を仕掛け、世界を裏から操っていると錯覚させる超越者たちの集団を組織し、時に味方のフリすらしてプレイヤーをあやまたせる。


 そこにはほんの一片ひとかけらの骨惜しみすら存在しない。


 この世界の内側にいる者にとっては、実感として千年もの時を過ごさねばならない最先端時間軸――最新のゲーム・イベント、おそらくはラスボス戦――までを何度繰り返してもその心が磨滅し、圧し折られることがないほどの強い望みこそが、Ⅰにそうさせているのだ。


 そしてそれをある程度までは検証できる機会が、己が下僕しもべたちの献身によって今訪れている。


 今なお黒の王の中の人が疑っているのはⅠとⅦ――シェリルに絞られているが、この世界の真の終劇トゥルー・エンドに至るための当面の敵であり、どうしても味方にして正しい情報を得ねばならない対象はほぼⅠに絞られている。


 そしてその内容次第では、Ⅰと手を結ぶことも充分に可能だとも考えている。


 黒の王の中の人とて、真の終劇を迎えてこの世界が終わってしまうことは避けたいのだ。

 今の夢のような暮らしを放棄してまで、ゲームである「T.O.T」しか楽しみがなかったような現実世界へ帰りたいなどとは毛先程にも思っていない。


 この世界の永続がⅠの目的だというのであれば、黒の王は余裕で手を組める。


 今はあくまでも状況から推測しただけにすぎないが、それが正鵠を射ているというのであれば、現プレイヤーである「天空城」とExプレイヤーたちの集団「十三愚人」は手を携え、協力し合うことも可能なはずなのだ。


 ゲーム・マスターが望む真の終劇トゥルー・エンドすら出し抜いて、たった一つの冴えたやり方――いわば隠しエンディングに辿り着く。


 それはバッドエンドやビターエンドを真の終劇トゥルー・エンドとする物語において、バカみたいな幸福な終劇ハッピー・エンドであることが多いのだから。


 そこへ至るためにはまず下僕しもべたち、主として管制管理意識体ユビエ執事長サー・ドヴァレツキィ率いる侍女式自動人形オート・マタたちが『十三愚人』たちの拠点を突き止めてくれたこの機会チャンスを、十全に活かす必要が絶対に在る。


 同じ目的に向かって呉越同舟するのであれば、絶対に押さえければならない条件というものがある。


 主導権をどちらが持つのか――どっちが強いのかをはっきりさせておくこと。

 それが無ければ決定的な瞬間にこそ、それは綻びを晒すことになりかねない。

 『世界再起動リブート』が不可能な今の状況において、そんな不確定要素を抱え込むべきではない。


 要はこれから、Ⅰを実力で叩き伏せる必要があるのだ。


 そしてそれは黒の王自身の手によるものではなく、天空城と手を組んだ相手でも可能だということを実証できる形が理想的なのである。


 それにはその適役がいる。


 一度は天空城から武器や防具、アイテムの提供までをも受けながらも成す術もなく敗れ、その記憶すら封じられたシェリル


 彼女がより本格的な支援を天空城から受け、その結果一度は破れているⅠに雪辱を果たせばよいのだ。


◇◆◇◆◇


『先刻ぶりだな、十三愚人の筆頭殿』


「な、どうやってここを……」


 管制管理意識体ユビエからややドヤ顔での報告を受けた黒の王ブレドは、すぐさま表示枠をウーヌスの元へ繋げさせた。


 今まで『十三愚人』側が一方的に仕掛けていたことを天空城にやり返され、黒の王と同じく骨の顔であるがゆえに表情の読めないⅠが、今初めて動揺をうかがわせる言葉を発している。


『なに、天空城うちの連中は負けず嫌いが多くてな。どんなカラクリがあるにせよ、そうなんども「捕捉はかないませんでした」という報告をするのは沽券にかかわるらしい』


「そんな戯言が通じるわけが……」


『それがそうでもない。運営の依代たる『凍りの白鯨』、その奥義である『制止する世界』ですらそうやって破ってみせた連中なのでな。君たち『十三愚人』も同じことをやってのけているのだ、そう不思議でもあるまい?』


「ぬう……」


 どこか楽しそうにそう畳みかける黒の王に喜の気配を感じて、下僕しもべたちもみな機嫌よさそうにしている。


 中でもⅠの居場所を捕捉してのけた管制管理意識体ユビエ執事長セヴァス、その配下である侍女式自動人形オート・マタたちはわりとわかりやすく鼻高々である。

 尻尾があったら全力で振っているだろうし、特に褒められずとも主人が喜ぶことをできたというその事実そのものが嬉しくてたまらないのだ。


 事実、黒の王の中の人は今とても喜んでいる。

 そして愉しい。


 精神論がバカにされるようになってから随分久しい現実世界で生きてきた黒の王の中の人にとって、己が下僕しもべたちが時に大真面目で唱える精神論はとても愉快なのだ。


 それもただの言葉遊びに留まらず、今黒の王が口にしたような実績を積み上げてみせているともなればなおのことである。

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