第207話 はじまりの愚か者⑤

「ヒイロ君の下僕しもべのみんなと過ごして確信しちゃったのよね」


 そんな複雑そうな表情を浮かべる千の獣を統べる黒を見て笑いながら、シェリルがそう言う。


は確かにみんなとても似ているけれどやっぱり違う、ってね」


 偽物なんかではない。

 似ているだけの、まったく違う存在なのだと。


「プレイヤーが愚人に堕し、新たなプレイヤーがこの世界に呼ばれるたびに下僕しもべたちは新たに生み出される。その瞬間にそれまでプレイヤーに付き従って来たという記憶は創り出され植え付けられたものであるかもしれないけれど、この子たちはヒイロ君の――『黒の王』の下僕しもべとして新たに生まれたのよ」


 魂の器からだはそっくりなんだけどねー、などと言いながら笑う。

 心では泣いているのかもしれないが。


「だから――どれだけ姿形が同じでも、あの子たちはけしてじゃない」


 言う。


「どんな手段であれ、一度生まれ落ちた存在が失われたら――一度死んだら、それはもう二度と戻ってこないんだって、やっと理解できたの」


 そう言って、たははと笑う。

 万年を追い続けた己の夢が、文字通り愚かな、叶うはずもない望みだったのだと認めたのだ。


「当たり前のことなのにね」


「だから絶望して、消えようというのか?」


 そんなシェリルに、Ⅰが問う。

その言葉は避難めいたものでありながら、そこには確かに憐憫の情が見て取れる。


足掻くだけ足掻いて、縋れるだけ縋った者の成れの果てが、本当に諦める瞬間等見たくはないのだというような。


「ばっかじゃないの? 違うわよ! もうあいつらのことを覚えておけるのは私だけなんだから、意地でも死んでやるもんですか。ヒイロ君の下僕しもべの一体となってでも、共に永遠を生きて、永遠にあいつらを懐かしんでやるって決めたのよ」


 だがその言葉に対して帰ってきたのは、強がりでもなんでもなく、生き続けることを是とする強い意志を宿したものだった。


「それならば十三愚人としてでも充分に可能だろう?」


「福利厚生がダンチだからねー」


 あまりの勢いに思わず笑いそうになってしまったⅠはそう口にしたが、またもや帰ってきたのは予想の斜め上をいくものであった。


「……福利厚生」


『……すまぬな、千の獣を統べる黒シュドナイよ』


「い、いえ、吾輩は我が主マイン・フューラーの命であるからには不満などありませんよ? ありませんとも」


「ふ……確かに貴様のようなプレイヤーは初めてだな」


 Ⅰが突っ込むよりも先に、その福利厚生とやららしい千の獣を統べる黒シュドナイその主黒の王が、この場にはとてもそぐわない掛け合い漫才のような会話を交わし、それをシェリルがさも心外そうな表情で聞いている。


 だから思わず、もう忘れてしまっていた本音の口調でそう言ってしまった。

 こんな素直に笑いそうになったのは、いつ以来だと思いながら。


『誉め言葉と取ろうか。で、どうだ、『十三愚人』として我々と共同せぬか?』


「……悪いが我もまた、まだなにも失ってはおらぬのでな。失われた者たちを懐かしんで永遠を生きることを是とはできん」


 だがその提案をおいそれと受ける訳にはいかない。

 自分でそう口にしたとおり、Ⅰはまだ失ってはいないのだ。


 だからこそ、たとえここで負けてこの周からは退場することになったとて、この世界を終わらせかねない者の手を取ることなどできはしない。


『なるほど。では天空城の同盟者が貴殿に勝ったら考えてみてくれ』


 そしてそれは黒の王も納得できる答えらしい。


『ただ――自分が破れて死ぬことになっても、そうすればこの周では失われることはないなどとは夢思わぬことだ。『十三愚人』の協力を得られなくとも、我ら『天空城』はあらゆる手段を講じ、必ず最先端時間軸の果てでこの世界を創造したものを討ち果たす』


「まずは我を倒してから、その大言壮語を口にするがいい」


『もっともだ』


 ここからは言葉は無粋。


 暴力を以って我を通すことを一度でも是とした者同士、最後の決着は戦ったうえでなければつくはずもない。


 そして己が剛力を信仰して敗れた者は、己の納得がいく敗者として振舞えばよい。


「シュド君とのかさね奥義、『合一猫神外殻アルダナリ・シュヴァラ』を再び使えるようになった私に、勝てるなんて思わないでよね!」


 口を噤んだ黒の王に変わり、シェリルが高らかに宣言する。

 もう二度と戻らぬ己の相方黒猫とは違えど、この千の獣を統べる黒もまた間違いなくプレイヤーの下僕の一体ではあるのだ。


 であるからには、黒の王の許可さえあれば、元プレイヤーであるシェリルと累奥義を放つことも出来る。


 吾輩意外の吾輩となんて破廉恥な! などと今は亡き相方には罵られるかもしれないが、ここで負けて消えるよりはマシと赦してくれるだろう。


 今の千の獣を統べる黒シュドナイも、黒の王の勅命だからこそ従っているだけなのだし。


 『千獣相猫殻変ファスーツ・フェリス


 千の獣を統べる黒シュドナイが累奥義の前段である奥義を発動する。

 それは配下である千の獣悉くを己が真躰に取り込み、巨大な神獣の如き千の獣の層を宿しながらもたけだけしい猫の姿をした外殻――着ぐるみと化す。


 そしてそのぱっくりと空いた背中に、シェリルの最強技である『戦闘形態モード:『十八腕戦女神ナヴァ・ドゥルガー』を発動した姿で潜り込んでゆく。


 生身でできた着ぐるみに、神人が取り込まれてゆくかの如き倒錯的な絵面。


 その結果、猫の様相を持ちながら二足で立ちつ猫の獣人が、神様めいた衣装と武装に身を包み、18の腕と9の尾にあらゆる武装を宿した荒神が月の地上に顕現する。


「我が秘奥義『神骨受肉インカーネーション』に勝てるものなら勝ってみせるがいい!」


 それを受けてⅠも以前は見せなかった奥義を発動させる。


 転移で月面に顕れた黒の王と似通った骨の躰が巨大化し、その技の通りに受肉してゆく。

 そこには捻じれた角を赫黒く輝かせた長髪と変じさせ、見るものすべてにそれは「神」だと思わせるほどに美しい巨神が顕現していた。


 それは最終敵ラスボスの女性形態。


 美しさと強さを突き詰めた破壊神が、月面で青い惑星を背景に屹立する。


 その両者の様子を、上空に浮かぶ天空城が静かに見つめている。


◆◇◆◇◆


 黒の王がこの世界に来てから見た中で最も激しい戦い――間違いなくラ・ナ大陸からでもその様子を観測可能であったであろうそれを死したのは、ぎりぎりでシェリル&千の獣を統べる黒だった。


 受肉した美しい身体がぼろぼろと元の骨にかえっていく脇で、こちらも『合一猫神外殻アルダナリ・シュヴァラ』がとけたシェリルと千の獣を統べる黒シュドナイがへたっている。


「な、なんとか勝ったよ、黒の王」


「……にゃーん」


 なんとか勝気な表情を浮かべるシェリルだが、千の獣を統べる黒シュドナイは己が配下である千の獣たちと共にへこたれた猫のようにして突っ伏している。


『よくやった。さて、もう一度先の提案に対する答えを聞こうか?』


 その姿を苦笑いしながら見て労いの言葉をかけ、黒の王が元の姿に戻ったⅠに問いかける。


「……好きにしたら? 負けたからには勝者に従うわよ」


『ではまずは答え合わせといこうか』


 その答えは敗者として妥当なモノ。


 Ⅰとてこの世界における不文律を反故にするつもりはないらしい。

 それは彼を失うことよりも認められない、彼の在り方を否定することになるがゆえに。

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