第208話 その冒険者、世界を統べる者①

 アーガス島。


 迷宮ダンジョン都市島とも呼ばれ、『冒険者』を生業なりわいとする者たちにとって最前線と同義であった、ウィンダリオン中央王国南端の小島。


 だが、その名から人々が想像するモノは、この一年と少しで一変している。


 今この大陸に暮らす多くの人々が「アーガス」と聞いて頭に思い浮かべるのは「世界の中心」すなわち『世界連盟』の中枢都市の名として、である。


 政治、経済、戦力、そのすべてが集中している、いわば世界の首都。


 三大強国と呼ばれたウィンダリオン中央王国の王都ウィンダス、シーズ帝国の帝都八竜の泉アハト・ドラッヘンブルン、ヴァリス都市連盟の盟主都市国家ラ・サンジェルクら巨大都市をはるかに凌駕する、ラ・ナ大陸を統べる


 それが今現在のアーガス島なのだ。


 もっとも冒険者たちにとっては、最前線のであることに変化はない。


 現在ラ・ナ大陸で発見されている他の三つの迷宮ダンジョンも一年以上前に『連鎖逸失ミッシング・リンク』からは解放されており、その攻略も全力を挙げて進められている。

 『連鎖逸失ミッシング・リンク』から解放されたのは三つの迷宮ダンジョンだけではなく、大陸中に存在する地上の魔物モンスター領域も同様である。


 結果、ラ・ナ大陸中がそれらの攻略にかけ得る総力を挙げており、いわば『大迷宮時代エラ・グランラビリントゥス』の黎明期と言っても差し支えない状況なのである。


 そんな中でも「アーガス島迷宮ダンジョン」の攻略を担当しているのは、冒険者ギルドの中では最精鋭、『世界連盟』のもとに集う各国の中でも「大国」の軍、その精鋭たちだ。


 絶対者の御膝元、その地に在り、いわば「すべての始まり」ともいえる迷宮ダンジョンの攻略を最優先とするのは当然のことなのかもしれない。


 もっとも『天使襲来』を凌いだ人類がその際に手に入れた、人を凌駕する力――『堕天の軍勢』を以ってしても今なお、はアーガス島はもちろん、他の三つの迷宮ダンジョンすべての最下層までは到達できていない。


 とはいえ今まで充分なマージンを確保して進めていた迷宮ダンジョン攻略を、危機となれば「変身」して凌げるようになった『堕天化』の力を得た冒険者、兵士たちの効率は圧倒的に向上している。


 『堕天化』は憑代のレベルに依存する「強化」であり、その状態では憑代自体のレベルアップが不可能なのが痛し痒しだが、安全の確保という点では相当に信頼できる。

 変身前でギリギリの戦い、つまりは「とてとて狩り」を緊急避難可能な状態で続けることが可能となれば、成長効率も向上しようというものである。


 男女問わず、『堕天化』→『人化』をすれば全裸化してしまうのが問題と言えば問題だが、まあ大したことでもない。

 

 通常の装備は失われるが、迷宮ダンジョンで獲得できる魔法装備マジック・ウェポンたぐいが破損することはないのは、さすがはこの世界のベースがゲームであるがゆえと言えるのかもしれない。


 よって『連鎖逸失ミッシング・リンク』があった頃には考えられない速度で迷宮ダンジョン攻略は進められ、それに伴い人の強さは本来の歴史展開における現時点ではありえぬ域に到達し、今なお伸び続けている。


 その副産物として、迷宮ダンジョンから持ち帰られるあらゆるアイテムが人の暮らしをも一変させつつある。


 超貴重品レアであったはずの魔法装備マジック・ウェポン群も、低階層で獲得可能なものは手頃な価格で市場に流れるようになり、その結果新人ルーキーから中堅どころの冒険者の生存率、攻略効率は著しく改善されている。

 

 結果として「冒険者稼業」というものが以前よりも目指しやすい職業となり、冒険者ギルドに登録される人数は大陸中で増加の一途をたどっている。

 そして膨大な数となった『冒険者』を必要とする迷宮ダンジョン魔物モンスター領域はいくらでもあり、そこからより一層多くの「富」が持ち帰られるというわけだ。


 すでに『天使襲来』前にほぼ攻略が完了している魔物モンスター領域は、新人ルーキーから中堅までの冒険者たちの良い訓練場ともなっている。


 また冒険者や兵士といった「戦う力を持った者」だけではなく、市井に暮らす人々にも初級の魔法武具マジック・ウェポンが行きわたることによって、地方での害獣やはぐれの魔物モンスターによる被害も激減している。

 

 ある意味最も恐ろしい、過ぎた力を手にした一部の人間の犯罪行為に対しては、『世界連盟』が厳格に対処し、『天空城』の力も借りることによって今のところ『天使襲来』以前と同じく抑制は利いている。


 そういった「力」のみではなく、インフラストラクチャーや普通の暮らしに便利な魔道具マジック・アイテムも大量に迷宮ダンジョンから持ち帰られ、街はその姿を大きく変えている。


 「魔法使い」は未だ希少職レアジョブのままだが、「魔法」はそういった魔道具マジック・アイテムを介して、人の暮らしに急速に溶け込みつつある。


 夜に燈されるのは火の灯りのみならず、魔法光による街灯が整備されつつある。

 あれだけ高価な代物であった「転移魔法陣」も、気楽に使用する域とまではいかないが個人レベルでも所有可能となり、現状では「大規模転移陣」を主要都市に配置し、定額利用できる仕組みが「あたりまえのもの」として浸透しつつある。

 結界魔法の類は「魔法石」という形で広く販売され、緊急避難用のお守りとして誰もが持つようにもなっている。


 世界はもはや、ヒイロが現れる前と後で大きく変わったのだ。


 景観として言うのであれば、アーガス島で最も変化したものは別にある。


 天蓋事件で墜ちた『九柱天蓋ノウェム・カノピウムズ』を大改造した空中浮遊要塞『枢軸アクシズ』もその一部に含まれるが、そこから螺旋状に遙か天空の彼方にまで伸びる、「浮遊島の螺旋階段」とでもいうべき存在である。


 これは『天使襲来』解決後姿を消した『天空城』へ繋がっているとまことしやかに市井では囁かれ、実のところそれは真実でもある。


 今後人の認識から消えようとしている『天空城』の、ちょっとしたお遊びみたいなものである。


 結果として、アーガス島上空から、この星をつきぬける域の高みまで、螺旋状に連なる浮遊島が雲を突きぬけて連なっているという奇観を産んでいる。

 その出発点が『枢軸アクシズ』であるあたり、いつか『天空城』を目指して『螺旋浮遊迷宮群』を攻略する冒険譚なんかを期待しているのかもしれない。


 どこかの化け物集団の首魁様が。


 とにかくヒイロが元いた世界では技術・科学の発達によってなし得た人の便利な暮らしというものが、この世界においては迷宮ダンジョンから持ち帰られる出どころの知れない『魔法道具マジック・アイテム』によって実現されつつあるのだ。


 『天使襲来』前から、積極的に『天空城ユビエ・ウィスピール』も関わっていた「新世界」の構築は、此処に至って一気にラ・ナ大陸中へと広がっている。


 ヒイロが目指した、今までに存在しなかった分岐とその先へは、確実に至れていると言っていい状況だろう。


 これから先、この世界が辿る未来はヒイロすら知らぬ、正しく未知の未来なのだ。

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