第209話 その冒険者、世界を統べる者②

「マリンさん、依頼クエストの登録お願いします」


 アーガス島上空に浮かぶ、再建された『九柱天蓋ノウェム・カノピウムズ』を土台とした冒険者ギルド総本部でもある巨大浮遊要塞『枢軸アクシズ

そこではなく、ヒイロが最初に訪れた地上のアーガス島冒険者ギルド。


 その受付で、ヒイロが担当者であるマリン嬢に本日こなす予定の依頼クエスト登録をお願いしている。


 すでに50階層を突破しているヒイロにとって、冒険者ギルドの発行する「最深部階層における依頼」というものは、自分の攻略層へ行く途中にこなすものに過ぎない。

 現状、ヒイロの目から見て「最深部攻略組にもちょっとまだ厳しそうな依頼」を選んでこなしているのが実情である。


 ――なんで30階層にこの薬草が生えているって情報が出回るんだろうなー


 「依頼者」に興味を持たざるを得ないヒイロだが、今のところそういった部分への調査はまだ進めてはいない。

 いろいろ落ち着いたら、『T.O.Tゲーム』が前提となっているとしか思えない、この世界の仕組みについても調査を進めるつもりではあるのだが。


「承知しましたヒイロ様!」


 冒険者ギルド総長としての業務が多忙を極め、受付中年の業務をさざるを得なくなったポルッカの実務ポジション、つまりヒイロの受付担当者。

 その位置をなんとか射止めたマリン嬢が、わかりやすい好意をその派手目だが美しいかんばせに浮かべて登録処理を迅速に行う。


 目的はヒイロの恋人の一人になることであっても、仕事を疎かにすることはない。


 貴族出身の変わり種であり、アーガス島冒険者ギルドにおけるトップ3美人受付嬢の一人とされているマリン嬢は、自分でも無理目と自覚しながらヒイロに恋している多くの市井の女性の1人である。


 その中では、もっともヒイロに近い位置にいると言っても間違いではないだろうが。


「お、我らが『秘匿級ノブリス・ラテブラ冒険者』殿はこんな時でもマイペースに迷宮ダンジョン攻略ですか(もげろ)」


「とびっきりの花嫁を、一気に3人も娶ろうってな方は胆力が違いますな(もげろ)」


「まあ英雄色を好むっていうし、お相手の方々もそれを望まれてんだから外野が僻むのはみっともねえよ(だがもげろ)」


 嬉しそうに、でもどこか憂いの表情も浮かべて受付としての仕事をするマリン嬢。


 その作業完了を待っていたヒイロを目ざとく見つけた「冒険者ギルド」に顔を出している多くの古参冒険者たちが次々に声をかけてくる。


 『天使襲来』を退けてから、今日まですでに半月ほどが経過している。


 その事実と、表示枠を通して目にした「天使」を掃討する『天空城』と『堕天の軍勢』に護られた人々が快哉を叫んでから、『世界連盟』は戦勝宣言とともに、三大強国の三美姫の婚儀を正式に発表した。


 正式な婚約から、一足飛びに結婚まで持ち込んだのである。


 相手が誰かは言うまでもない。


 その公式とせざるを得ない『同時結婚式』を目前としながら、マイペースにしれっと迷宮攻略を続けているヒイロをやっかんで? の発言である。


 マリン嬢のわずかな憂いの原因も間違いなくそれだろう。


 女性の目から見てもみな美しく、この一年このアーガス島にてヒイロの側に在りつづけた三美姫。


 ウィンダリオン中央王国の幼女王、スフィア・ラ・ウィンダリオン。

 シーズ帝国の第一皇女、ユオ・グラン・シーズ。

 ヴァリス都市連盟現総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。


 その3人を臆面もなく同時に嫁にし、結婚式まで同時にやろうというのだから男であれば「もげろ」の一言くらいは投げつけたくなろうというものである。


 マリン嬢に至っては、夢を夢として見ることも難しくなると言ったところか。

 ただでさえ、ヒイロの周りにはエヴァンジェリンだとかベアトリクスだとかいう「とびっきり」がはべっていることでもあるし。


 今や知らぬものとてない、冒険者ギルドと並び称される世界的組織、巨大傭兵団である『黒旗旅団』の旅団長や、世界企業『黒縄商会』の会長もそれぞれタイプは違えどものすごい美女であり、なぜかヒイロにその2人も傅いているとなればさもありなん。


 なまじヒイロのことを深く知れる位置につけたからこそ、戦意をくじかれかねない現実を突きつけられているマリン嬢なのである。


我が主マイン・フューラー、最後の小声はなんなのでしょうか?」


「さ、さあ……」


 場所さえ選べば人語を話すことをすでに隠してはいない千の獣を統べる黒シュドナイが、よくわからぬという表情で主であるヒイロに問いかける。


 ――どう答えろっていうんだよ!


 さすがにヒイロも「なぜもげろといわれるのか」を、怪訝な表情をしているシュドナイにすることは憚られる。

 自分でも言うだろうなあ、と思っているだけになおさらである。


「さすがはヒイロ君だね、挙式の直前でも迷宮ダンジョン攻略とは恐れ入る。で、もげたのかい?」


 いつものように大扉が開き、公的には「アーガス島迷宮」の最深部攻略パーティーとされているギルド『黄金林檎アルムマルム』の幹部、ヴォルフが入ってきつつヒイロに声をかける。


 ――ヴォルフさん、なんでも爽やかにハキハキ言えば許されると思ってるところあるよな……


 それにしたって「もげたのかい?」は無かろうと思うのだ。


「もげてませんよ!」


「……(なんだざんねん)」


 数少ない「気を遣わなくてもいい」冒険者の1人であるヴォルフに対しては、ヒイロも遠慮なく好きなことを言いかえすことができる。


 ――分身体とはいえ、未使用のままもげてなるものか。


 さすがにそこまでは口にはしないが、ヴォルフの悪い笑顔での小声に半目で口が横に開かざるを得ない。


 ヒイロはこういうやり取りを結構好んではいるが、ヒイロに対して演技込でも「気安く」接する存在が昨今少なくなるのはどうしようもない。


「ヒイロ様の御意向ゆえ、多くは申しませぬが。――少々言葉が過ぎませんか?」


 側に仕えることが多くなったセヴァスが、時にこの手の殺気を閃かせるとなればなおさらである。


 その声を聴き殺気も浴び、『シュドナイ様』に対して「御モフりさせていただく許可」を得ようとしていた弓使いカティア嬢の隣で、踊り子のリズが腰砕けになっている。


 『黄金林檎アルムマルム一党パーティーの女性メンバー2人は、最初から推しが揺らぐことはないようだ、あれだけのことがあってなお。


 強い。


 だがそんなセヴァスの発言も『天空城ユビエ・ウィスピール』の下僕しもべの方々のある種の冗談だと理解できつつあるヴォルフ一党パーティーはまだしも、先の発言をしていた冒険者たちは顔色が悪くなることを止められない。


 古参――つまりは『天使襲来』に参戦していた冒険者たちであり、その前で千の獣を統べる黒シュドナイが人語を口にすることを良しとする程度には『天空城ユビエ・ウィスピール』のことを知っているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る