第210話 その冒険者、世界を統べる者③

「勘弁してやってください、セヴァス殿。こいつらこんなこと言ってますけどけっこう寂しいんですよ」


 その場を取り持つように、もはや当たり前のように「転移陣」を使用してこの場に現れたポルッカ・カペー・エクルズ子爵兼冒険者ギルド総長がフォローを入れる。


「ポルッカさん!」


「ようヒイロの旦那。こっちで逢うのは久しぶりだな」


 わりと久しぶりのため、嬉しそうにするヒイロに対して、少々疲れた表情でポルッカが片手をあげて挨拶を返す。

 冒険者ギルド総長としての業務量は、増えこそすれ減ることなど今後しばらくないからには、ポルッカの疲労もさもありなんである。


「寂しいとは?」


 ポルッカには一目置いているらしいセヴァスが、興味深げにポルッカのフォローをより詳しく話すようにと促す。


 ヒイロが認めているとはいえ、度を超えた言動には冗談交じりとはいえ「いいかげんにしろよ?」と言いたくなるのは下僕しもべとして性だが、我が主に対する少々歪んでいようが思慕の念がその根幹に在るというのであれば話は変わる。


 主を好いているが故の言動に否やを唱えられるほど、下僕しもべは偉くはないのである。

 それが「ヤンデレ」などと呼ばれる類のモノであれば別だが。


「挙式が終ればヒイロの旦那は『ウィンダリオン中央王国の王配』で、『シーズ帝国皇帝の義兄兼公爵』で、『ヴァリス都市連盟総統の娘婿兼軍事顧問』になっちまう。もう俺ら『冒険者ギルドの秘匿級ノブリス・ラテブラ冒険者』ってだけじゃあなくなっちまいますからね」


 この一年の間にシーズ帝国では帝位禅譲が行われており、ユオの弟であるクルス・グラン・シーズが現皇帝となっている。


「そういうものですか」


 ポルッカが語る、ヒイロがどこか遠い所に行ってしまう感覚というのは嘘ではない。


 セヴァスにしてみれば「なにをいまさら」という気もするが、まあまるで理解できぬと突き放すほどのものでもない。


 力においてははじめから超越者。


 それでもこの「冒険者ギルド」で冒険をはじめてからこの一年と少しの間、この世界の中心で在りつづけた「冒険者ヒイロ」が、この場所から去ってしまうことが「寂しい」と言われればそういうものなのかと思いもする。


「それこそ口のきき方も気を付けにゃならんようになりますしね。いや嫌味じゃなくて組織の運営ってか、けじめ上」


 プライベートではともかく、公的な場ではそれは守られねばならないことでもある。

 組織を運営する立場の者にとって、そのあたりをいいかげんにするわけにはいかないのだ。


 ざっくばらん、仲間内でこまけぇことはいいんだよ、でやってきた冒険者たちであっても、古参であり今や『堕天の軍勢』の一員ともなればそのあたりの「責任」を感じもする。


 これからはいくつもの肩書きを持つことになる、真の意味での絶対者――大陸を統べる者に対する態度が、今のままというわけにはいかないことくらいは誰もが理解しているのだ。


 ゆえにこそ、この最後の日々に「言い過ぎ」になるのかもしれない。


「僕は気にしないけどね。どんな肩書き付けられようが「冒険者」を止めるつもりはないし」


 そう言って屈託なく笑い、しぶしぶカティアに対して「モフる」許可を出している千の獣を統べる黒シュドナイを悪い表情で見ている。

 それに対してシュドナイも、慣れぬ「悪い顔」で応じている。


 「いざとなったら抜け出してでも迷宮攻略へ赴く」という、主との他愛無い約束を想い出して、モフられているストレスも雲散霧消しているシュドナイである。


「それはそうですな。宣言しておられましたし」


 溜息交じりにヒイロの言を肯定するセヴァスに、冒険者ギルド全体がどこかほっとした空気に包まれる。


 ――おかしなことです。世界など今すぐにでも滅ぼせる我が主マイン・フューラーが、私にとって取るに足りぬ者共に思われているのを嬉しく感じるとは……


 それでも自身の中に生まれたこの想いは本物なのだろうと、セヴァスはらしくない溜息を一つつく。


 どうあれ我が主マイン・フューラーがやりたいようにやっている限りは、不満などあろうはずもない『執事長サー・ドヴァレツキィ』なのである。


「それに三美姫だけで済むとも思えませんしな、こうなってまいりますと」


 冒険者を止める気はない宣言と違い、『黒の王』が明確に口にしたわけではない。

 だが三美姫にきちんと魅力を感じ、「自分の嫁にしたい」という想いを隠さず行動に移すとなれば、その対象が三人で済むとはとても思えぬセヴァスである。


 英雄色を好む、という言を信じているわけではない。


 自身はもはや「枯れている」とはいえ、世の女性体はそれぞれにしかない魅力を持った者が多いことをセヴァスは知悉しているのだ。


 立場上、そういう女性体と接する機会が多くなれば「惚れる」機会も増えようと思うだけだ。

 それにセヴァスら下僕しもべにしてみればを悪いことだなどと、毛ほども思ってなどいないのだ。


 ――女性体の者共はわかりませんが。


 己より序列上位者である『鳳凰エヴァンジェリン』殿や『真祖ベアトリクス』殿が最近「対抗策」と称して『天空城』の大浴場に籠ったり、セヴァス配下の侍女式自動人形オート・マタたちを動員して新衣装作成や化粧の工夫をしているのを知る身としては、要らぬ溜息も出ようというものだろう。


 ――人に負けてなるものかと、『九尾』殿や『世界蛇シャ・ネル』殿も息巻いておられましたしな……


「4人目の最有力候補はもちろん私だよね、ヒイロ君?」


「だからシェリルさんは論外だって何度も言ってるでしょ! 中の人がどっちかわからない以上、僕には無理ですって!」


「ひっどい! ここまでヒイロ君に尽くしているのに、こんな無碍に扱われるなんて……」


 よよと泣き崩れる演技をするシェリルはもはやいつものことだが、周囲からはとてもそんなことはわからない。

 すでにとびっきりが何人も揃っているとはいえ、シェリルとて飛び切りの美女であり、またソル・ハーレムには今のところ存在しない褐色エキゾチックお姉さん枠なのだ。


 だがまあよかろうと、セヴァスは思う。


 『天使襲来』から次の『世界変革事象』までは、分身体ヒイロの生涯くらいの時間はある。


 その間、いままでの百周からは考えられないほど「平和な時代」を、己ら天空城の下僕しもべらが作り出すこともまた良しだ、と。


 それが、『黒の王』の分身体、ヒイロが望むことであれば否やなどあろうはずもない。


 ――その冒険者、大陸を統べる者。


 いずれ己ら『天空城ユビエ・ウィスピール』が『黒の王ブレド』と共に辿り着く未来において歴史にそう語られる『冒険者王による平和』を、己が全力を挙げて現出させることを心に誓うセヴァスである。


 そしてそれは実現される。


 その歴史において、最初期を除いて『天空城ユビエ・ウィスピール』と『黒の王ブレド』の名が語られることはない。

 

「あ、あの、一応私も立候補しておいていいです、か?」


 セヴァスの発言を受けて、その美しい顔を真っ赤に染めながら、アーガス島冒険者ギルドトップ3と称された美女の中で残された最後の一人(あとの二人、一人はポルッカの嫁となり、一人はこの半月脳筋ヴォルフと何やらいい感じである)、マリン嬢が勇気ある立候補を宣言する。


 予想外の宣言にびっくりした表情のヒイロを、さすがにシュドナイとセヴァスも半目で見つめている。


 そして冒険者ギルド内にいる男性陣が、誰が音頭を取ることもなく、声にならない「せーの」と同時に一斉にタイミングを合わせて呪詛の言葉をヒイロに投げつける。


『もげろ!!!』


 ――さすがにこれを咎めるわけにはいきませんな。


 我知らず、数千年ぶりに素直な笑顔を浮かべるセヴァスなのである。

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