第211話 歴史書『魔導世界の嚆矢揺籃』――抜粋

 『冒険者王』ヒイロ・シィによるラ・ナ大陸の統一。


 その御伽噺としか思えぬ『偉業』は、現代に生きる我々であれば誰でも知っている史実であり、同時に伝説でもある。

 今や幼年学校で必ず習う歴史の一部であり、拙著を含む多くの書物で語られ、分析されつくしていると言ってもけして過言ではあるまい。


 そして歴史という長い大河の要所で必ず語られ、そのくせその実在が常に疑われるほどに曖昧な存在でもある『天空城ユビエ・ウィスピール』、その主である『黒の王』とその下僕しもべたち。


 実在しているのであれば、この世界の真の支配者。


 彼らが初めてその名を記されることになるのが、初代『世界連盟』議長にして冒険者ギルド総長、『鉄血』ポルッカ・カペー・エクルズによる『大陸統一記』だ。

 他の文献資料も数多あまたあれど、間違いなく『鉄血』自身の手によって書かれたことが保証されているこの文献に、当時を分析するための資料として勝るものはそう多くない。


 エクルズ家は今現在なお存続しており、政治等のいわゆる表舞台からは引いてはいるものの、その権勢を知らぬ者など存在しないだろう『名家』の一つだ。


 その現エクルズ家の初代でもある、ポルッカ・カペー・エクルズ。

 彼は『冒険者王』の盟友として同じ時代を生きた、伝説の登場人物でもあるのだ。


 中央暦――0457年 ウィンダリオン中央王国

 帝暦―――0521年 シーズ帝国

 聖暦―――2218年 ヴァリス都市連盟


 当時三大強国と称されていたぞれぞれの年。

 俄かには信じにくいことだが、「大陸暦元年」成立のたった一年前。


 その年の夏、突然冒険者ギルドへ現れた、ヒイロ・シィと名乗った少年魔法使い。


 それまでの経歴は一切謎であり、あらゆる資料をひっくり返してもどこにも、なにも記されてはいない。


 あれほどまでに存在がだ。


 その冒険者登録を担当した受付、冒険者ギルド職員が、まだ当時エクルズ子爵家を継ぐ前のポルッカ・カペーその人である。


 それから彼が『鉄血』と呼ばれるに至るまでの成功譚――言葉は悪いが「成り上がり」の物語は、今や子供に読み聞かせる絵本にまでなっている。


 真面目にコツコツと努力して実績を積み上げてさえいれば、人生のどのタイミングで大チャンスがやってきたとしても決して遅くはない。

 そのことを、私を含めた多くの者が絵本「ポルッカおじさん」で学んだことだろう。


 実際「冒険者ギルド支部の受付中年(中間管理職)」が一足飛びに当時の「最大手ギルドアムルマムル専任担当者」となり、時をおかずに「執行役員」となるなど普通であれば御伽噺だ。


 当時から冒険者ギルドと言えば、世界規模の大組織だったのだから。


 もしも現代の冒険者ギルドでそんな人事があったとすれば、表示枠ネットワークで面白おかしく話題にされ、お茶の間の皆様の話題になることは想像に難くない。


 煽りは「現代のポルッカおじさんあらわる!」あたりであろうか。


 だがそれに止まらず、そこから「アーガス島独立勢力代表」を経て、「ウィンダリオン王国の子爵家当主」および「冒険者ギルド総ギルド長」へ上り詰め、当時の人の世界を事実上統一することになる「世界連盟の初代議長」を務めるとなれば、ちょっと出来過ぎた創作物の主人公だとしか思えない。


 「ポルッカおじさん」が子供には親しまれるものの、歳を経るにつけ男性の諸君からやっかまれる傾向にあるのは、生涯の伴侶を得る際のエピソードゆえだろう。


 かくいう筆者も、その例に漏れないことを明記し、表明しておく。


 実際にもしもポルッカ氏に会えたとすれば、「アンタの成し遂げた奇蹟の中の最大は、間違いなくヘンリエッタ嬢にことですな!」くらいのことは言ってみたいものである。


 資料からうかがえるポルッカ氏であれば、「俺もそう思う」あたりの答えを苦笑いと共に返してきそうで、言わずもがなのことを、という結果になりそうではあるがそれでもだ。


 出世してからのことであれば、まあ納得できなくもない。それが……いやよそう。


 とはいえ、そんな人物が記した『大陸統一記』が、一番信用に足るというのは当然のことだ。


 だが本著では、「伝説うそなのか、史実ほんとうなのか」という点に焦点を当てるつもりはない。


 今なおその血を伝えている『堕天の軍勢』が生まれた物語や、実際は王として統治したわけではなく最後まで冒険者として暮らしたらしいヒイロの記録。


 そして「英雄色を好む」の代表として『冒険者王』が挙げられることとなる『大後宮』や、それこそ伝説としての『天空城ユビエ・ウィスピール』や『黒の王』の検証は、他の多くの本にお任せする。


 個人的には『大後宮』あたりについては書きたいことも、言いたいこともあるのだが、そのあたりは学者仲間での呑み会の肴なのでよしとしよう。

 大後宮の華の中で誰が一番好みか、というのは虚しいながらも盛り上がる話題であることは認めざるを得ないところだ。

 それだけに『冒険者王』殿に物申したいことは山ほどあるわけでもあるが。

 実際に物申せたとして、「文句あるか」と言われればまあ黙るしかない点は脇に置く。


 後世に生まれたというだけで当時の絶対者に好き勝手なことを言えるのは、今を生きる私たちの特権と言ってよかろう。


 さて。


 遙かな過去、それに心を遊ばせることを愉しめる読者諸兄。


 『表示枠』による記録が、政府と冒険者ギルド、もしくはの存在によって強固に管理されている現代、古文書や古書にたよってでも当時を知らんとする知の探究者諸君。


 本著が紐解きたいのは、『冒険者王』ヒイロ・シィが大陸を統一し、歴史に『天空城ユビエ・ウィスピール』、『黒の王』が初めて記された時より始まったとも言える、現代に連なる『魔導世界』の嚆矢揺籃はじまりについてなのだ。


 現在、我々の『魔導世界』は爛熟し、「便利な暮らし」はある意味極まっているともいえるだろう。


 治せぬ病や怪我はほとんどなく、転移魔法陣網は世界のあらゆる場所にまで広がっている。

 また今なお盛んな遺跡レリクス迷宮ダンジョン攻略において『魔法武器マジック・ウェポン』を使用しない冒険者など存在しないだろう。


 医療分野。

 インフラストラクチャー。

 

 そして人の世界を外敵から護るための武装。


 それらすべての骨子には、必ず『魔法』が介在している。


 そして『魔法』の発動を成立させているのは、未だに迷宮ダンジョンから持ち帰られる『魔法道具マジック・アイテム』や『魔石』なのだ。


 ゆえにこそ現代でもなお「冒険者稼業」は必要とされ、「戦う力」こそがすべての価値に兌換可能な、金を超えるものと見做されているのだ。


 『冒険者ギルド』は現代においても世界最大の組織の一つであり、『世界政府』と両輪をなして人の世界、魔導世界を支えている。

 

 だがそれは、言い換えれば我々は、我々が当たり前のように享受する『魔導世界』のことをなに一つ理解できてはいないということでもあるのだ。


 これは市井で生きる我々が「建築物が安全に建てられる仕組みを知らない」というようなこととは、その本質においてまったく意味を異にする。


 遙か時の彼方である『冒険者王』ヒイロ・シィの時代から、すべての基礎となる『魔法道具マジック・アイテム』、『魔石』はその姿を変えてはいない。

 組み合わされ、工夫され、現代の『魔導世界』を支え得るほどにはしているが、その実、はまるでしていないのだ。


 本著を記すにあたって、数少ない現存する『魔法使い』の方々や、その力を時の中で薄れさせた『堕天の軍勢』の血を引く方々に質問する機会も得た。


 それらを総合して私が得た結論は下記のとおりだ。


 『本質的な意味において、我々人は


 今日こんにちの『魔導世界』に生きていながらなにを、と仰られる向きも多かろうと思う。

 よってこれから、著者がその結論へと至ることとなった事実、その検証を進めていきたいと思う。


 あたりまえにある『魔法』を、我々は原理どころか仕組みすらほとんど理解せず、「そういうもの」として便利に使っているだけだということを。


 そしてその基礎アーキテクチャは、今日こんにちにつながる『魔導世界』が産声を上げた、『冒険者王』ヒイロ・シィによる大陸統一の頃から、なに一つ変わってはいないという事実を。


◇◆◇◆◇


 そして、この歴史書の著者、A・J・カレルレンは最後にこう結んでいる。


◆◇◆◇◆


 本著で検証してきたとおり、我々の『魔導世界』はその基礎アーキテクチャにおいて『冒険者王』ヒイロ・シィが大陸を統一した時代――嚆矢揺籃はじまりの時代から本質的には何一つ進化してはいない。


 その骨子となるべきものはすべて遺跡レリクス迷宮ダンジョンから冒険者の手によって持ち帰られ、魔法を稼働・成立させる魔力もごく一部の「魔法使い」たちを除けばおなじく『魔石』に依存している。


 つまり我々の『魔導世界』は、迷宮ダンジョン魔物モンスターなのだ。

 

 忌むべき敵であったはずの魔物モンスターは今や、我々の暮らしを支えると成り果てている。


 だが、はたしてこの在り方、関係性は本当に正しいのだろうか。


 ある日、遺跡レリクス迷宮ダンジョン魔物モンスター領域が死ぬ――魔物モンスターたちがその姿を消せば、我々の『魔導世界』も同時に瓦解する。


 医療やインフラ、軍備に至るまで、それあるが大前提となっているが失われれば、そうならざるを得ないのだ。


 とはいえ、それはまだマシな展開なのかもしれない。


 我々には知恵があり、知識がある。


 失われたものの代替品を生み出すことは、きっと可能だろう。

 今ほど便利ではないかもしれないし、長い時間がかかるかもしれないが、それでもだ。


 本質的な「敵」が存在しなくなった世界であれば、いつかは今の豊かな暮らしに匹敵する「世界」を再現することもできるだろう。

 人同士の争いで滅んでしまうような、人類統一前の愚かな時代に逆戻りするとは信じたくはない。


 ――だが。


 ポルッカ・カペー・エクルズによる『大陸統一記』にも記されているような『連鎖逸失ミッシング・リンク』がまだ存在していた時代、人とは魔物モンスターに怯えて暮らす生き物であったのだ。


 『冒険者王』ヒイロ・シィと、彼に助力したという伝説の存在『天空城ユビエ・ウィスピール』とそれを統べる『黒の王』、その下僕しもべたちによって『連鎖逸失ミッシング・リンク』は解放され、それからの永き時を経て魔物モンスターは我々人のにまで成り下がっている。


 それが永遠にそのままだと信じるのは、いささか楽観が過ぎると思わないだろうか?


 魔物モンスターがその本来の恐怖の象徴へ回帰し、我々がともすれば万能と錯覚し、そう嘯きかねない『魔導世界』に襲い掛かってきた時。


 今の人の力だけでそれを覆すことが、本当に可能なのだろうか。


 『冒険者王』ヒイロ・シィを助けた『天空城ユビエ・ウィスピール』勢。

 が我々人の世界に与えたとされる『言の書』は、来年の記載を最後に途切れる。


 その先はいつ、どこに、どんな魔物モンスターが現れ、どう対処すればいいか、どこに勇者が現れるのか、誰も知りはしないのだ。


 そして今我々の世界には、『冒険者王』ヒイロ・シィもいなければ、『天空城ユビエ・ウィスピール』も存在していない。

 ポルッカ・カペー・エクルズに匹敵する有能な才人はいるかもしれないが、英雄、勇者と呼びうる『超越者』は不在。


 その事実が、なぜか私にはひどく恐ろしい。


 来年現れるであろう最後の『言の勇者』が、『冒険者王』ヒイロ・シィの生まれ変わりであることを祈るのみである。


 そしてもしもそうであれば――


 今の時代に生きる我々も、伝説の存在である『天空城ユビエ・ウィスピール』を、実際にこの目で見ることが叶うのかもしれない。


 それが人の世界――『魔導世界』の終りの日とならぬことを祈るばかりである。


◇◆◇◆◇


 この歴史書『魔導世界の嚆矢揺籃』が上梓されてからちょうど一年後。


 黒の王率いる『天空城ユビエ・ウィスピール』勢はとうとう最先端時間軸――すなわちこの世界の母体となったT.O.Tゲームの最新アップデート部分にまで追いつき、最後のエピソードの幕が上がる。


 それが創造者の望んだ終劇へと至れるかどうか。


 それはまだ誰も知らない。

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【コミカライズ】その冒険者、取り扱い注意。 ~正体は無敵の下僕たちを統べる異世界最強の魔導王~【1巻~9巻】 Sin Guilty @SinGuilty

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