第184話 すべてを変える、小さな声③

「――よかろう。やってみせよ」


 皆の施策とその意志を受けて、黒の王ブレドが断を下す。


「エレア。セヴァス」


「承知いたしました」


 そしてやるからには全力を挙げる。


 下僕しもべたちによって、殺さずに天使たちの動きを抑えることを徹底させるために、前線へすべての戦力を投入する。


 細かい指示などされなくとも、主の言わんとすることを下僕しもべたちは即座に理解する。

 本質的にはどうでもいい相手であったとしても、主の命令であれば全力で護ることに否やなどあろうはずもない。


 そして今。


 ただ盲目的に従うことこそを至上としていた下僕しもべたちの前で、絶対者たる黒の王ブレドに策を具申し、その決定を覆させた者がいる。

 それは眷属の憑代とはいえ、なのだ。


 黒の王ブレドと初めて会話ができた『第一回役員会議(仮称)』を今、一桁№を賜っている者はみな思い出している。


 黒の王ブレドはその際、確かにこう言ったのだ。

 

 『身命を賭して奮励せよ! 我が愉しみのために!』と。


 その主の言葉に対して、自分たちは各々の言葉で間違いなくと答えた。


 だがそれはただ盲従するということとは、確かに違ったのだ。

 そんなことに今まで思い至らなかった己の愚かさに、内心汗を流さずにはいられない。


 主の望む理想的な下僕しもべとなるためには、敵を叩き伏せるだけではまるで

 そんな力のみであれば、黒の王たった1体ですべての下僕を凌駕している時点で余っているのだから。


「エヴァンジェリン。ベアトリクス。白姫と千の獣を統べる黒シュドナイも――手伝ってやってくれ」


 どこか嬉しそうにも聞こえる黒の王ブレドの命令――頼むようにも聞こえるそれに、四者それぞれの解りやすい仕草で応える。


管制管理意識体ユビエ


はいYES我が主マイン・フューラー。『表示枠』を超過稼働オーバー・ドライヴ、天使と化した人たちと繋がりのあるすべての人々を繋ぎます』


「頼む」


 クラリスと人の世界を代表する4人をの嚆矢としながら、語りかけるべき天使に関わるすべての人々、その声――想いを届くように取り計らう。


 状況説明なども含め、こういうジャンルは管制管理意識体ユビエの独擅場だ。


 任せるべきは任せ、あとは人の意志に賭ける。


 ――十三愚人筆頭のウーヌス。奴が『天使襲来』で必ず俺が後悔すると明言したのは間違いなくだ。おそらく十三愚人がこの時代の魔物領域テリトリー迷宮ダンジョンに『連鎖逸失ミッシング・リンク』を仕掛けたのもことを知っていたから、か。


 黒の王ブレドは表情に浮かべることなく笑う。


 ――おもしろいじゃないか。


 たしかに黒の王ブレドは一瞬の無力感を得た。

 だがそれは今、天空城勢が関わった人々自らの手によって覆されようとしている。


 これはこの世界をゲームとして扱う者――ゲーム・マスターへの、小さいが確実な一撃となるはずだ。


 そして人の意志ではどうにもならない部分――荒ぶる暴力こそがものをいう分野においては、天空城勢がその力を存分に振るえばよいのだ。


 ――力無き理想も、理想なき力も、ともに意味がないというのであれば、綺麗ごとを実現させる力の部分を担当することで「冴えたやり方」を実現させてやろうじゃないか。


 R.P.G――ロール・プレイング・ゲーム。

 本義で言えば、各々が与えられた、あるいは望むを演じることによって楽しむゲーム。


 黒の王ブレドは今、今回の経験を奇貨きかとしてその本義を十全にこなしてやろうと決意している。


 絶対的な暴力の化身、天空城ユビエ・ウィスピールの首魁黒の王ブレドとして。

 世界を統べ、よりよき人の世界へと導く者たちを支える冒険者ヒイロとして。


 ――うっかり悲劇なんぞにのってやるものか。


 今、そう決めた。

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