第185話 すべてを変える、小さな声④

ぬるい、な……』


 だが、すべてが動き出そうとする指揮所に十三愚人の筆頭、ウーヌスの声が突然響く。

 そしてひときわ大きな表示枠が現れ、そこには黒の王に似通った禍々しい姿が映し出された。


 『静止する世界』、そして管制管理意識体ユビエが制御する『表示枠』になんの前兆もなく、そうでありながら苦も無く介入してくる存在。


 この非常事態に、盤外道化とも言える『十三愚人』、その筆頭が天空城ユビエ・ウィスピールへ直接接触コンタクトを取ってきたのだ。


 そうしてかつて、この世界に最初に敗れたプレイヤーであったはずのⅠが、人と天空城の選択を「ぬるい」と断ずる。


 だが己の在り方を再確認した黒の王ブレドはもはや動じない。

 現実にはなにも変化していないとしても、すでにすべては変わったのだ。


 天空城ユビエ・ウィスピールを制御する管制管理意識体ユビエ以下、すべての下僕しもべたちがの出現を察知することも止めることもできなかったことを恥じている。


 しかし黒の王ブレドが、それを咎めることはない。


 この世界の基本的なルールから、逸脱することが可能な者が存在する。

 そのことはもうすでに知っていたのだ。


 ひとつはこのⅠも含めた、『十三愚人』を名乗るEx-プレイヤーたち。

 そして今回の『天使襲来』をはじめとしたイベントを司っているであろう、いわばゲーム・マスターとでもいうべき存在。


 黒の王ブレド率いる天空城ユビエ・ウィスピール勢は圧倒的な力――とくに「暴力」においては、この世界に比肩する者のないレベルで保有している。


 だがそれはあくまでも、この世界を支配する基本的な法則に従ってのことだ。


 この世界において黒の王ブレドが行ってきたすべての行動を、ほぼ等しき力を得ることができるだろう。それが可能かどうかは置くとしてもだ。


 『運営の憑代白姫』を仲間に加えているというイレギュラーがあるにせよ、今『十三愚人』を名乗っているEx-プレイヤーたちも、天空城ユビエ・ウィスピールには及ばぬまでもそれに近しい力を持っていたはずだ。


 それでもに敗れ、「愚人」に堕とされた。


 ――つまりあいてさんこそが、法則外チート使いってわけだ。


 であれば下僕しもべたちはもちろん、管制管理意識体ユビエ黒の王ブレド本人であっても察知不可能であっても仕方がない、というよりも当然だ。


 どれだけ強大な力を与えられていようが、つまるところ与えた者が自在すきにできるということだ。

 己たち盤上の駒に過ぎないということを、きちんと自覚しておくべきだと黒の王ブレドは思う。


 ――、な。


 とはいえとはだなあ、と黒の王ブレドの中の人としては思わざるを得ない。


 だいたい「チート」と呼ばれる力をぶん回すのが主人公側で、あいてさんはその理不尽さに振り回されるというのがこの手の物語の定番と言えば定番と言えよう。

 

 ――まあ天空城俺たちが主役側だなんて、誰に保証してもらったわけでもないけどな。


 ふられている役割が「敵」というのならそれでもいい、と黒の王ブレドは思う。


 『十三愚人』のウーヌスあたりが主役ポジで、調子に乗って断罪される勇者ポジが黒の王ブレド率いる天空城ユビエ・ウィスピール勢だと言うのであればそれもまたよかろう。


 ――あるいは自分たちの知らないところに真の主役がいようが知ったことか。意志ある存在が、本当の駒に堕することなどないということを見せてやる。それが誰だかはまだわからんが。


「手厳しいお言葉だな、最初のプレイヤー――我が先輩殿。では温くない判断とはいかようなものかお聞かせ願えるのかな?」


 主を批判されたエヴァンジェリンとベアトリクスが激高しかけたのを目で制し、苦笑含みの声で黒の王ブレドが問う。


 おちついた主のその様子を受けて、わかりやすく激高した右府、左府よりもじつは深く静かにいた執事長サー・ドヴァレツキィセヴァスチャン・Cクム・ドルネーゼも自重する。


 すでに『最古の四体花鳥風月』を中心としたセヴァス配下の侍女式自動人形オート・マタたちはみな『管制管理意識体ユビエ』と連動、その処理能力の総力を挙げてⅠの表示枠を解析、その発信場所を特定するために超過駆動を開始している。


 もっともⅠもそうなることなど予測できているので、準備に抜かりなどないのだろう。

 だがそんなことは知ったことかとばかりに、敵の位置を捕捉せんとできることに全力を投入している。

 いつまでも「捕捉できませんでした、申し訳ございません」を繰り返している場合ではないのだ。


 不幸なのは自身も怒りを得つつも、一桁№たちの剥き出しの怒気にあてられてうっかり気を失いそうになっている千の獣を統べる黒シュドナイである。


 黒の王ブレド分身体ヒイロにいるとつい忘れてしまいそうになるが、彼の上司たちの発する威は、中位序列の下僕しもべには少々以上にきついのだ。

 

『敵性存在はみなごろし。それ以外がありえるのか?』


 怒らせるつもりだったのか、意に反して落ち着いた黒の王ブレドの問いに、鼻を鳴らして答えるⅠである。


「なるほどしかり。だが人の世の決定は人が下す。天空城われわれはそれに力を貸すだけだ」


『それで、いまだ無事な人々にまで被害が出たらどうするのだ?』


 挑発に乗ってこない黒の王に、微かな苛立ちをにじませながらも問い返す。

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