第186話 すべてを変える、小さな声⑤

 自身が「温い」と断じた判断のせいで、犠牲者が出た場合はどうするのだと。


「それを私に聞くのか、最初の敗残者が」


 だが黒の王ブレドはその問いにも動じることなく、どこか愉快そうにさえ見える。


『力を持っている者がぬるい判断を降せば、必ず出さずに済んだ被害が出ることになる。それくらいはわかっているのだろう、仮にも一党を率いる立場にいるのなら』


「知ったことではないな」


 尤もらしいことを述べるⅠを、くどいとばかりに斬って捨てた黒の王の答え。


 その犠牲を出さないために、ポルッカは仲間を殺す『第一級任務ワールド・ミッション』を以って天空城にを見せた。

 もちろん黒の王ブレドはそれに十全に応えるつもりではあるが、大事なのはそこではない。


 もしも余計な犠牲が生まれるとしても、やるべきことがあると判断したことこそが大事なのだ。


 数字だけで判断しない。損得だけで割り切らない。


 それはあるいは愚か者の戯言と呼ばれるべきものだろう。

 賢者の述べる正論に勝る点など、理屈においてはどこにもないのかもしれない。


 そんな賢しらな意見を、自ら愚者を名乗っているⅠが口にしている事実はどことなく滑稽ですらある。


 、やるのだ。


人であった連中に手を下す意気地がないというのであれば、今回だけは我々『十三愚人』が代わってやってもいい』


「――させんよ」


 完全に小ばかにしたように嘯き、疑問形で問いながらもⅠがほぼ同時に発生させた無数の光。

 それをその場にいながらにして、黒の王ブレドがひとつ残らず消し飛ばす。


 魔導の力においては後れを取ることはない。

 少なくとも今のところはそうらしい。


『わからんな――なにがしたいのだ黒の王よ? いたずらに犠牲が増えるのを見て愉しみたいというわけでもあるまい?』


 一連のⅠの態度は、どうやら切れさせようとしてるよなー、とみている黒の王ブレドである。

 できればその理由も、探れるものであれば探りたいと。


 だが黒の王ブレドは背後で、「ぷち」という聞こえるはずのない音をきいた。

 

 ――あ、ポルッカさん切れたかな?


 であれば「はじまりの敗者十三愚人のⅠ」が述べるありがたい正論に対しては、ポルッカが答えてくれるだろうと黒の王ブレドは内心で笑う。


「おい骨。――黙って聞いてりゃ、勝手なことをつらつら並べ立てておられますがね」


 下僕しもべたちにはとてもできない。


 ポルッカ・カペー・エクルズという人間のだからこそできる、黒の王ブレドの問答に割って入るという蛮行。


 だがそれは自分たち人のためというよりは、理由なく貶められた友人ツレのための怒りゆえだ。

 だが今は黒の王となっているヒイロも「骨」なので、その呼び方はどうなのだと結構多くの下僕たちは内心で思っている。


 黒の王は笑いをこらえるのに必死なのだが。


「上から見下ろして、やらかした時にだけ顕れて講釈たれる賢者様はお呼びじゃねえんスよ。俺らは力を貸してくれる、助けてくれる気のいいバケモン連中とはツレにゃあなれるが、正論盾にして結局は殺す結論を自慢げに語るような賢者様とは仲良くはなれねえ」


 「戦う力」という点においては皆無と言っても過言ではない、ただの人にも下手をすれば劣るポルッカ・カペー・エクルズが、珍しく感情をあらわにして告げる。


 それは天空城に属する下僕しもべたちをして、威を感じるに足るもの。


 怒声ではなく、どちらかと言えばおちついた、言って聞かせるような話し方。


 それはこの基本的に気のいいおっさんが、もっとも時に出る特徴である。


 そのことをいまだ『静止する世界』に囚われたままの、冒険者ギルドの関係者たちこそがもっともよく知っている。


 もちろんそれなりに付き合いの長くなった、ヒイロや千の獣を統べる黒シュドナイ鳳凰エヴァンジェリン真祖吸血ベアトリクス、白姫たちも。


 なんの因果か、冒険者ギルドの受付中年に過ぎなかったポルッカ・カペー・エクルズが、今は人の世界を代表する1人として「十三愚人の筆頭」というバケモノへと告げる。


 賢者神気取りの正論に対する、愚者ひとの戯言を。


「アンタのおっしゃる「ぬるくない」判断てのは、俺たちを『連鎖逸失ミッシング・リンク』によって強くなれないままにしておき、本来は4年ほど後に発生する今回の騒ぎで、人の世界がぶっ壊れるのを静観することを言うんですかね?」


 黒の王ブレドと同じように落ち着いた静かな声で、ポルッカがⅠに問う。

 突然現れた、これもまた天空城ユビエ・ウィスピールとおなじく「人を超越した力」を持つ者の言うぬるくない――正しい判断とはなんなのかと。


『貴様はこの世界の人内側の者に、を教えたのか!?』


 だがポルッカの問いに答えることなく、その問いから黒の王ブレドがしたことを推測して批難の声を上げるⅠ。


 黒の王ブレドはその詰問に答えない。

 内心で肩を竦めるのみだ。


 ――それが禁則事項だなんて、誰からも聞いてないしなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る