第183話 すべてを変える、小さな声②

 己が納得できる根拠もなしに「信じるぞ」、「任せたぞ」、というのは黒の王ブレドの考える責任者の在り方ではない。

 

 状況下ではなおのことである。


では……不足ですか?』


 だが、クラリスのその答えに黒の王は思わず笑った。


 ――なるほど。なるほど! 確かにそれはなにものにも勝る根拠だとも。


 クラリスのその言を聞いた下僕しもべたちも皆、その自信と根拠を理解する。


 クラリスが今やってみせたことこそがその根拠。


 天空城の下僕しもべであるユリゼンのでありながら、その意志に反して絶対の主である黒の王ブレドに直言をしてみせた。

 絶対に在りえないのことを、たかが人の身に過ぎない少女がひっくり返してみせたのだ。


 つまりクラリスは、こう言っているのだ。


 ――人の想いは、意志は、強大な主に傅く貴様ら下僕しもべを覆してみせたぞ。

 その思いが、力が――天使風情に通じぬとでもいうつもりか、と。


 その意味を、この場にいるすべての者たちが理解する。


「黒の王――いやヒイロの旦那。それ、にもやらせてくれねえか」


 ポルッカが、腹の据わった表情で告げる。


「聖女殿に言われるまでなにもできなかったとは、情けない限りです」


 スフィア・ラ・ウィンダリオンが女王としての自身の不明を詫びる。

 その言葉は少女王としてのものではなく素――1人の人としてのものだ。


「私たちは私たちの仲間に責任を持ちます。――持たせて、ください」


 ユオ・グラン・シーズが、覚悟を語る。


 部下ではなく仲間――幼い頃に夢見た理想の世界を、共に実現させるために必要な者たちを信じるのだと。


戦えぬ者わたしは、戦ってくれる者たちを最後まで信じます。そして必要な決断を、必要な時にはする。それが責任者というものですもの。そんなこともできないのであれば、私がこの場にいる意味なんてありませんわね」


 アンジェリーナ・ヴォルツが自分たちの責任を再確認する。

 望んでのことではなくても、どうあれその立場となったのであればその責務を全うする。それが人としての正しい在り方なのだ。


 それぞれの意志を、今更ではあれど黒の王ブレドに告げる。


 クラリスはなにも、天使に堕したすべての人を救いたいなどと言っているのではない。


 ただ自分を救ってくれた、きちんと立ち直ってからもう一度話したい――どうしてもお礼を言いたい相手なんとかしたいというだけだ。


 自分はもう聖女なんかじゃない。


 みんな――顔も知らない、誰も彼をも救えるような存在じゃないことなんて、もうとっくにいる。


 それでも1人の人間として、女の子として、救うなんていう上から目線の大それたものじゃなく、自分にできる最大限のことをしたいだけだ。


 そういう相手がいるということこそが、強くなりたいという想い、強くあろうとする願いの根幹だろうとも思う。


 そして――


 きっとそんな想いは、願いは、誰もがみんな持っている。

 だから他の人たちの分は、その人を大切に思っている人たちに任せる。


 1人1人が、自分の大切な人にできる限りのことをする。


 そんな想いが束ねられた結果――力が、時に『救世』と呼ばれたりもするのだろう。

 それを束ねた得た者こそが、『英雄』と呼ばれたりもするのだろう。


 だけど自分は大勢の中のたった1人がせいぜいで、でもそれで十分だとクラリスは思う。


 そして十歳にも満たない少女の――今戦場で危地に陥っているアルフレッドに、かつて救われた者の小さな声が、竦んでいた人類の代表たちにも伝播する。


――した。


 それがすべてをひっくり返す――変える。


「俺たちはクラリス嬢みたいに自分の手でをどうにかするこたできねえ。だから俺たちの声が届かなかったときは――」


 ポルッカが迷いのない声で告げる。

 

「この場にいる人の代表として――俺たち4人の総意として『秘匿級ノブリス・ラテブラ冒険者』ヒイロ・シィに『第一級任務ワールド・ミッション』を発令する。――天使に堕とされた仲間たちを、と」


 ポルッカのその言葉を、三大強国を代表する者たち――その立場としてヒイロの傍に居ることを自らの意志で選んだ者たちもまた首肯する。


 ――やれるだけのことをやる。そして力の及ばない部分は、その力を持つ者に頼る。

 結果がどうあれ、自分たちの意志ですべてをする。


 そんな当たり前のことを、クラリスに教えられたことを4人は恥じている。

 からといって、後悔が無くなるなんてことは無い。正しい結果に必ずつながる答えを得たわけでもない。


 それでも、自身で選ぶことが――選べることこそが人の人たる証明なのだ。

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