第113話 皇族姉弟の憂鬱②
「……誰にも?」
「えー、あー」
だが違った。
あの時姉姫が見せていた動揺や表情は、すべて素のものだったのだ。
虚ろな半目で己に問いかける、呪詛のように響くユオの言葉に答えることがクルスには出来ない。
「一番、気付かれたくない方に……」
そう、ユオの一番近くにいた者はおそらく――いや間違いなく気付いている。
一番近くにいた者、すなわちヒイロである。
だからこそらしくないというべきか、少なくとも周りから驚きの声が上がるほどの大胆な行動に『
「いえ、ですが……おかげで姉上の夢であった、お姫様抱っこをしてもらえたではありませんか」
「あんな状態でね……」
ヒイロは尻餅をつき、
その際の周囲の反応ときたら、大声こそ上げはしないものの物理的な圧を感じるくらいの驚愕に満ちていた。
それは
「しかしヒイロ殿も真っ赤でしたし、それに姉上も――あんな貌ができたのですね」
おそらく気付いたのはヒイロのみで、下僕たちはヒイロの背後に居たので気付かなかったのだ。
『
よってヒイロはユオに恥をかかさぬために、派手な行動に出た。
『神殺しの英雄』に抱きかかえられて退室する『シーズ帝国の第一皇女』は確かに絵になっていたし、クルスさえも「上手くやったなあ」と思っていたくらいなのだ。
当然周りの者は距離を取り、結果誰にも気付かれぬままにユオは退室することができた。最も気付かれたくなかった相手に、気付かれた上でフォローを受ける形ではあるが。
さすがにヒイロも無表情を保つことができずにその顔を赤く染め、それを見たユオはそれこそ
だがクルスが、真紅の瞳に涙をためて恥じらいながらお姫様抱っこをされるユオのその表情を、今までに見たどんな姿よりも美しいと思ったのも事実なのだ。
少なくとも同じ男として、ヒイロにも通用していただろうと思えるほどに。
恥ずかしいというのは充分以上に理解できる。皇族の女性として、そんな醜態をさらした相手と明日ダンスを踊るなど、悪夢以外のなにものでもないだろう。だがいかに厳しくても、ここでのユオの
「死にたい……」
「いや、あの……」
よって何とか立ち直ってもらうために、クルスは努力を継続する。さっきから何度目かわからぬほどの
だが同時にクルスもある程度気付いている。羞恥を感じているのは嘘ではないし、『神殺しの英雄』の真の姿を知ったゆえの恐怖も、ユオはその心に確かに抱えている。
一方でさっきから死にたい、死にたいと繰り返す姉姫の頬にはもうずっと朱がさし、涙に潤んだ真紅の瞳には別の熱もこもっているということを。
――利己や義務感で自身の女を使うことよりは、よほどよい傾向なのでしょうが……
大好きな主人に構われた犬ではあるまいし、変な癖というか趣味が、敬愛する美しい姉姫に芽生えていなければいいなあ、などと少々下世話な心配をしてしまうシーズ帝国の皇太子である。
そして同時に思う。
一旦は友達になるなど不可能だと確信させられた、掛け値なしの化け物であるヒイロ。
だけどあの見た目だけで言うならば美しい年下の少年が、自分の姉姫にあんな表情をされて抱きつかれるような体勢だった時に、何を思っていたのかを聞きたいと素直に思えた。
あれだけ恐ろしく感じた化け物が、嘘じゃなくユオの恥じらいの態度対してに頬を朱く染めていたのだ。
だったら男同士として、本音で話すこともできるのではないだろうか。
もしもそれができたなら、それは友達になれたということじゃないのかな? と。
それに。
あれだけの力を持った存在が、
確実にアレはやりすぎで、シーズ帝国が一方的に利益を得るカタチになってしまっていることくらい承知しているだろう。
それでもユオに、皇女としてというよりも一人の女の子として恥をかかせないためだけにああいう行動に出てくれたのだ。
圧倒的な力を持つ者ゆえに可能な行動だとしても、基本的には「いいやつ」なのだと思ってしまうことは自然だろう。
そう、本気で友達になってみたいと思う程度には。
そのためにもまず、羞恥に深く沈んでいるユオを浮上させることは必須。
幸いにして『
いっそ明日のダンスの最中に、ヒイロの耳元で「二人だけの秘密にしてくださいね?」とでも囁くことを提案してみようかとクルスは本気で考える。
いつものユオとの
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