第114話 少女王の焦燥①

「そんな都合のいいものはありませんわよね……ええ、わかってはいましたの」


 素の状態でひとりごちる。


 公式歓迎会が表面上はつつがなく終了した後、小女王スフィア・ラ・ウィンダリオンはずっと調べ物をしていた。


 とはいえ、別に古文書などをひっくり返していたというわけではない。


 『九柱天蓋』旗艦に設えられた王の居室に籠り、ウィンダリオン中央王国王家に伝わる至宝『支配者の叡智ブルー・ウォータ―』に蓄積された叡智を、初代からの記憶を降ろしてまで洗いなおしていたのだ。


 なにを調べているのかと問われれば「大人になる魔法」などという、ヒイロに言わせればローティーン向け女性雑誌のあおり文か、メ○モちゃんネタかと言いたくなるような代物があるのかないのかを真剣に確認していたのだ。


 当然のことながらそんなものがある筈もなく、最初のスフィアの台詞へと繋がる。


 今のスフィアが『真祖吸血鬼ベアトリクス』の変身を知れば、血を吸われて眷属になってでもその能力を欲するのかもしれない。


「年齢バランス的には、陛下が一番有利かと思いますが?」


 深く長い溜息をつく己が仕える主君に対し、公式歓迎会には出席していなかったアルフォンス・リスティン・フィッツロイ公爵が真面目くさった表情で伝える。

 公式歓迎会終了後スフィアに呼ばれ馳せ参じた後、調べ物とやらが完了するまで脇で控えていたのだ。


「普通であればそうであろうな、アルフォンス卿。だが先の公式歓迎会での話はすでに聞き及んでおろう?」


「シーズ帝国のユオ・グラン・シーズ第一皇女をお姫様抱っこですか。――ヒイロ様は剛毅ですな」


 アルフォンスに対するスフィアはいつも通り陛下モードである。


 素を知られているからといって、家臣に対してそう接するつもりもなければ必要も感じていない。『支配者の叡智ブルー・ウォータ―』の力を借りていようがいまいが、ウィンダリオン中央王国の王陛下らしければスフィアにしてみればそれでよい。


 己が捜していた魔法に価値などあるのかと言いたげなアルフォンスに、スフィアはため息を一つついて応える。


 たとえ出席していなかろうが、アルフォンスが公式歓迎会で起きたすべてを掌握していることなど大前提。

 要は公式歓迎会の一幕で、スフィアは自分が女として戦える年齢ではないという絶対的な事実に焦燥を覚えたのだ。


 ヒイロはスフィアに良くしてくれる。


 いつも優しい笑顔を向けてくれるし、素であろうが陛下モードであろうがそれは変わらない。

 ヒイロが黒の王になっている時はちょっぴり怖いが、今自分だけが絶対者の真の姿と接することができるという優越感をとその実利を得ていることも否定はしない。


 ウィンダリオン中央王国による大陸統一を最初に口にしたのはヒイロだし、スフィアがよほどの馬鹿でもしでかさない限り、ヒイロの方からその口約束を反故にすることなどないだろうとも思っている。


 自惚れではなく、自分がヒイロから憎からず思われているのだという自覚くらいは持てているのだ。


 だが先の公式歓迎会でシーズ帝国の第一皇女をお姫様抱っこした時や、ヴァリス都市連盟の総統令嬢に微笑まれた時に見せた、ヒイロの男としての貌。


 それは一度たりとも自分に向けられたことのない種類のものだ。

 まだ幼いとはいえ、スフィアはそれを女として敏感に感じ取っている。


 ヒイロもまだ幼いとはいえ、男の貌が出来るのであればそんなことは問題にならない。


 そもそもヒイロに付き従う三人の美女――巷で大陸の三美姫の一人などと呼ばれている自分の通りエリアスの一つに(笑)を付けたくなるほどの「自称ヒイロ様の下僕」たちは、みなとんでもなく美しい女のヒトだ。


「余のこの貧弱ななりでは、ヒイロ殿に男の貌をさせることもできん。我ながら馬鹿なことをしている自覚がないでもないが、真剣にそんな魔法を望み、探すことになるなどとは思いもよらなんだわ」


 『支配者の叡智ブルー・ウォータ―』で大人の女のなんたるかを、知識と記憶でなまじ知っているだけに焦燥も強いのだろう。


 ヒイロは自分を可愛いとは思ってくれているが、そういう対象となり得るとしては見てくれていない。


 それが一人の女としてはともかく、ウィンダリオン中央王国にとって致命的なことになりかねないのだ。


 それに――


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