第115話 少女王の焦燥②
「ユオ殿が突然倒れられた理由も、『
「第一皇女だけではなく、クルス皇太子殿も真っ青だったとか?」
シーズ帝国の皇太子や第一皇女という立場にあるものは、よほどのことが無ければあんな失態を見せることは無い。
一瞬はそこまであざといことをするのかとも思ったが、あの時の
――よほどのこと。
それが一方的な死を確信させられるほどの襲撃が、つい先刻確実にあった。
何事もなかったかのように今こうしていられるのは、何者かがそれと気づかれる前に迎撃してのけたから以外に在り得ない。
そして何者かという点において、ヒイロ率いる『天空城』勢以外は考えられない。
『九聖天』の一人である『盾』アエスタ・エニア・ウェルムの報告通りであれば、それだけの敵を何事もなかったように一瞬で張り倒したのだ。
だがそのすぐ側にいた自分であっても、ヒイロがあの時に何かしたとは俄かには信じられない。
だが確かにヒイロたちが迎撃したのだ。
その残滓とも言うべきもの――ヒイロたちの正体を
あるいは見てしまったせいで、自分たちが始末されることすら覚悟したのかもしれない。少なくともスフィアの目の前で崩れ落ちた第一皇女の様子は、それほどに狼狽していた。
「神殺しを直接この目で見た余であってもあそこまでにはならなんだ。――シーズ帝国の
スフィアはヒイロの正体を知る人間が増えてしまったことに、我知らず本能的な悋気を持ってしまっているのだ。
それがあの夜、王城で自分が経験した恐怖と絶望感にすら適用されてしまっているという歪さには気づけてはいない。
ヒイロの――黒の王の力に恐怖する体験をユオ・グラン・シーズも得たことがなぜか腹立たしいのだ。
「羨ましそうにも見えますが?」
「お、王としては最大の脅威を正しく捉えられるというのは、羨望に値するのだ」
嘘じゃない。セーフ。
ただヒイロの男の貌を引っ張り出したシーズ帝国の第一皇女に、謎の対抗心のようなものがあるのも確かだ。
間違いなく恐怖に震えていた第一皇女が、ヒイロに差し出された手を取り「お姫様抱っこ」をされた瞬間、頬を朱に染めて女の貌を見せた。
それを羨ましいと思ったこともまた、嘘ではない。
ウィンダリオン中央王国だのシーズ帝国だの、歴史ある大国の王家、皇家に生まれた女が、ただの女でいられる相手など本来はいない。つねに自分たちには責任を負うべき国家が付きまとう。
だがヒイロほどの力を持った者であれば、自分や第一皇女であっても市井の女の子となにも変わるまい。
そう扱われたがっている自分に正直驚きも得るが、自分に嘘はつけない。
だがスフィアはまだ、幼い少女に過ぎない。
その年齢でありながら『
知識で恋を知ってはいても、本当の意味ではまるで知らない。
御先祖の記憶をなぞったところで、心は反応していない。
ゆえに今スフィアのヒイロに対する一連の言動、心の動きも含めたそれはウィンダリオン中央王国の少女王としてのものに過ぎない。
ゆえにもしもスフィアが第一皇女や総統令嬢と同じ年頃であったとしても、それではヒイロに刺さるまいとアルフォンスは見ている。
――だがいい傾向です。
スフィアが王たるの責任感から得ている焦燥ほど、アルフォンスは慌てていない。
よほど馬鹿なことを自分たちからやらかさない限り、中長期的にことを構える余裕はあると判断している。
そうなれば拙速が必ずしも功を奏するとは限らないし、己が主はある意味において今一番強力な仕込をしているとも言えるのだ。
――ヒイロ殿がその、本気で幼女嗜好とかでは無くて助かりましたね。
本気でそう思うアルフォンスである。いやもしそうだったとしたら、祖国のためにスフィアを差し出すことも厭わなかったではあろうが。
今、ヒイロが可愛らしい少女として庇護欲込でスフィアを見ているならば好都合なのだ。
なぜならば少女はいつまでも少女のままではいたりはしない。女とみていなかった可愛らしい少女が、自分のすぐ側で美しい女になってゆくという懐から刺されるような一撃は、男にとって致命の一撃になりえる。
アルフォンスのような年齢の男にとって、5年などあっという間である。
だがそのあっという間に、スフィアは可愛らしい小女から美しい女性に変化――羽化する。
己の仕える王陛下の恋の相手としてヒイロは申し分ない相手だ。
なにしろ落とせば同時に、世界もその落した者の手に落ちる。
だからこそ来たるべき不意打ちの瞬間に備えて、小女王はなやみながらもゆっくり恋をしていけばいいとアルフォンスは笑う。
己が真の主と認めた先代王の忘れ形見が、王としてだけではなく女としても幸せになってくれればいいとわりと本気で思っているのだ。
そうなれば本当の
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