第110話 隔絶の理解
勝てるはずのないことなど百も承知、それでも各々の得物を手に各国の護衛武官たちが立ち上がった刹那、自分たちに「絶対の死」を覚悟させた殺気がふいに消失する。
抑えられたわけでも、弾かれたわけでも、霧散したわけでもない。
まるではじめからそんなものはなかったと言わんばかりに、消し飛ばされるようにして完全に消え去ったのだ。
戦いを
格上が完全に抑えたものであればともかく、あれだけあからさまに撒き散らされていた殺気を読み違えることなどありえない。成長限界(レベル7)――今ではたかが、と称されるものだろうが――の自分たちでさえ、全力を開放すればその殺気は素人でさえ感じられるほどのものとなる。
先刻のアレは、そんな生易しいものではなかった。
それこそ己の死を、確実にくる未来として映像視できるほどの。
それがフィルムのコマ落ちのように、次の瞬間に消えてなくなった。
察知できていた者にとっては、天空に輝いていた満月がふいに消え去ったに等しい現象。
いや違う。
あんな明確な殺意が、勝手に消え去る筈がない。
天空に浮かぶ月が、突然消えるはずがないのと同じように。
だが消えた。
ではその答えは一つしかない。
消されたのだ。それも刹那の間に。
月を消すためにはそれを砕くしか手段はないのと同じように。
そうと自覚した瞬間、生涯最大の決意で立ち上がった護衛武官たちが、その顔から血の気を引かせてお互いの表情を伺いあう。
自分たちが死をも覚悟した力を、一瞬にして喰った。
そんなことが可能なのは、自分たちがつい先刻まで桁違いの力を持つ者として語り、目指さんとしていた存在、『天空城』勢でしかありえない。
自分たちはわかったつもりで、まるでわかっていなかったのだ。
彼我の間に横たわる、絶対の隔絶を。
目指したからとて到底たどり着けるはずもない、遥か高みにある力の存在を。
今この世界は、その力のもとに一つになるべく集められているのだ。
その意志に異を唱える国は、その絶対の力をもって排除されるのは間違いない。
たった今、何事もなかったかのように消された3体の襲撃者と敵対して、滅びずにいられる国などありはしない。
であればそれ以上の力に逆らうなど、愚の骨頂よりもなお劣る。
護衛たちは死をも覚悟した己の在り方を否定されたとは思わない。
『天空城』勢はホストとして、招いた相手に害為さんとした愚か者を人知れず排除したというだけのことだ。
あるいはわざとかも知れないが、それに気付けた自分たちは僥倖なのだ。
『
どれだけ己が主人たち、高位の文官たちに「臆した」と馬鹿にされようとも、この『世界会議』で冒険者ギルドとウィンダリオン中央王国、その背後に存在する『天空城』に逆らってはいけないということを理解してもらわねばならない。
護衛武官たちが持つ戦うための力、その極たる「軍事力」はその一切が通用しない。
この『世界会議』で通用するかもしれない力は、暴力の
貴顕たちの
あるいは最初は正直馬鹿にしていた、美しい女性たちの「魅力」が全てをひっくり返す可能性すらある。
もしもあのヒイロという少年を夢中にすることができるのであれば、それこそが今現在この世界における「最強」となり得るのだ。
各国の護衛武官たちは強く決意する。
各国の使節団で最も戦う力を持つ自分たちこそが、暴力を前提とした交渉をすることの愚を仲間に理解させねばならないと。
国が持つ最大の力、暴力の極致である「軍事力」に頼った瞬間、他国よりも後れを取るのだということを『世界会議』に出席する自分たちの顔に本当に理解してもらう必要が絶対にある。
護衛武官たちは皆それぞれ、自分の国を自分なりに愛している。
それが一瞬で消されるところなど、それこそ死んでも見たくはないのだ。
その為には己が一時的に「怯懦」と蔑まれることも受け入れる。
今のところ温厚な獅子に、なにも知らぬ子犬が吠えかかるような真似をさせるわけにはいかない。
『
今絶対に必要なのは、各々が成長するための時間、その確保。
要らぬ見栄や駆け引きで、それを失う愚は絶対に避けねばならないのだ。
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