第190話 すべてを変える、小さな声⑨

 もう言いたいことはすべて言ってしまった。

 言語化できる想いはもう、すべて天使へと叩きつけてしまった。


 言葉はもう、紡げない。


 それでもなにか、同じことの繰り返しでもいいから言おうとしたクラリスの頬を、涙が伝う。


 ――泣かないって決めてたのに、泣いちゃった……


 でもいいかな、ともちょっと思った。

 これであの人が失われるのなら、泣かない私は私じゃないよね、と。


 だが、それが奇跡を呼ぶ。


『オンナノコ、ヲ、泣かセルのは――』


 それまでなんの反応も示さなかった元アルフレッドであった天使が止まり、聞き苦しいから、いつか聞いた優しいへと加速度的に戻りながらを紡ぐ。


『紳士にはあるまじき行為、ですね……』


『アルフレッド様!』


 歓喜の声を上げるクラリス。

 そしてその様子は間髪容れず、管制管理意識体ユビエによってすべての人たちへと伝えられる。


 強大なダムも、時に蟻の一穴にて崩壊するのだ。


『ちょっと羽が生えて巨大化してしまいましたが……なあにクラリス嬢のユリゼン様化みたいなものですよ』


『――ばか』


 まだ見た目は天使そのもののが、それでもその人格どおりの軽口を口にする。


 それを聞いてクラリスは泣きながら微笑ほほえむ。


 その瞳には以前の――いや無垢なる聖女であった頃よりも、強く美しい光が宿っている。


 ポルッカの言った通り。


 よく出来すぎた台本シナリオのような大逆転が今、はじまろうとしている。


◇◆◇◆◇


 地上魔物モンスター領域を憑代の苗床とした天使たちは、天空城ユビエ・ウィスピールの「殲滅軍」に配置された下僕しもべたちによって薙ぎ払われている。


 そこに一切の容赦はない。


 「人を憑代とした天使」を拘束し、殺すことなくその動きを抑える役を与えられたのは序列にかかわりなく、そういった繊細な作業が得意な下僕しもべたちである。

 よって殲滅の役を与えられた下僕しもべは、そういう特性を持たない代わりに単純明快に「破壊」の力に特化されている者たちだ。

 もともと比べるのもバカバカしいくらいの彼我の戦力差があるにせよ、複数の天使を一撃で消し飛ばすという、まさにが展開されている。


 特に序列上位者たちの戦闘は凄まじく、全竜カインなどその巨躯を超スピードでぶん回し、複数の魔物領域をひとまとめに追尾する無数の『竜砲』で薙ぎ払っている。

 天使どもは抵抗どころか、耳障りな声を上げることすらできずに蒸発するのみだ。


 ――あー。FF○4のイベントムービーで見たことあるなあ、こういうの……


 思わず黒の王ブレドの中の人が要らんことを思いだす勢いの下僕しもべたちである。


 そのムービーと違うのは消し飛ばす対象を細心の注意を払って天使に限定しており、これだけの力をぶん回しているにもかかわらず地上への被害を最小限に抑えているところだ。


 それでもそれなりの被害はどうしても発生してはいる。


 なんの遠慮もせず地上ごと焼き払ってもいいとなれば、あるいは天使たちを一掃することもそう難しくはないのだろう。

 それをやってしまえば本末転倒の見本になってしまうわけだが。


 今や当初の目的を失った「神智都市アガルタ」の建造よりも、地下避難所シェルターを必要な数だけ用意したほうがよかったかと考えてしまう黒の王ブレドである。

 だが下僕しもべたちが好き勝手絶頂に暴れ回った後の地上を再建するのは、人的被害が皆無であったとしても相当な苦労をするだろうと思いなおす。

 下僕しもべたちが気を使うことによって余計な労力を省けるのであれば、それに越したことは無いのだ。


 千の獣を統べる黒シュドナイも久方ぶりに己の真の姿を解放し、直属の配下である千の獣らも総勢を上げて天使たちをいる。


 ――シュドナイ、鳩を仕留めた猫みたい。


 天使をもぐもぐしているシュドナイを、表示枠を介して見た飼い主ブレドの感想である。

 あとシュドナイが移動する方向へ、シュドナイよりも小さな千の獣たちが素直につき従うのはピク○ンのようでもある。

 戦闘の苛烈さに対して、どこか微笑ましい。


 だがやはり当初の想定通り、圧倒的にが足りない。


 直接の相対は語るに値せず、接敵エンカウントすれば必ず天空城ユビエ・ウィスピール下僕しもべが天使たちを鎧袖一触している。


 だがラ・ナ大陸は広大で、魔物モンスター領域は下僕しもべたちの数よりもはるかに多く存在する。

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