第189話 すべてを変える、小さな声⑧

「だから無茶言うぞ」


 祈りのような言葉。

 それを一拍おいて告げんとするポルッカを、黒の王ブレドが静かなゲヘナの火で見つめている。


「お前ら冒険者たちのトップであるギルド総長、戦えもしねぇおっさんがお前らに命じる!」


 言う。


「今勝て!」


 理屈なんかは知らん。


「天使だかなんだかしらんが、そんなもんなんかに負けんな!」


 人を護らんと頑張った者たちが、乗っ取られて人に害為すバケモノに自身がなってしまうなどという理不尽が赦されてたまるものか。


「お前らがこの一年、どれだけ――アホみたいに頑張ったのかを俺らはずっと見てた! 頑張りゃ報われるなんて甘い世界じゃないことなんざ嫌ってほど知ってる! それでも勝ってみせてくれ!!!」


 いい話しかなかったなんてことは無い。


 『連鎖逸失ミッシング・リンク』から解放されて全体的にはいい方向へ向かったが、その陰には悲劇もあれば、胸くその悪くなる話だっていくらでもあった。


 それでも。


「戦えねえ俺たちを、で助けてみせてくれ」


 黒の王ブレド率いる天空城ユビエ・ウィスピール

 今顕れて御高説を垂れた『十三愚人』の筆頭


 人が、それら「超越者」たちのにされるだけの存在じゃないってことを見せろとポルッカは叫ぶ。


 たとえ取り扱い注意の冒険者ヒイロに助けられたにしたって、だ。


「出来すぎた台本シナリオでいい、大逆転の展開ってやつを見せてくれ。陳腐と言われようが、ご都合主義だと言われようが、なんだっていい」


 ――悲劇なんざ腐るほど日常に溢れてやがるんだ。だったらせめて世界にとって大事な場面くらい、馬鹿みたいな幸運な結末ハッピー・エンドへ繋がる展開でいいじゃねえか。


 それを自分たち冒険者で――人の力で引き寄せてみせてくれ。

 本気でこの世界をどうにだってできる力を持った連中に、人が捨てたもんじゃないってみせてやってくれ。


 いやそれよりも――


「今ここで! 目ぇ醒ましてくれ!!!」


 ――もう1回、冒険者ギルドの受付に顔出せお前ら。


 ここで生き残って、を笑い話にしてしまえ。

 しょうがねえ、そうなったら冒険者ギルド総長として好きなだけ奢ってやる。


「知ってんだろみんな。の本当の呼び名が『王道』だってことも」


 ポルッカのつぶやくような一言。

 できるのならみんなそうしたいと、そうなりたいと憧れるような展開。


 ――それを望まない者なんて、ほんとは誰も居やしないんだ。


 それにあわせるようにして、それぞれの想いを告げ終えた皆が最後の言葉を紡ぐ。


「冒険者の――」


「王国の柱の――」


「帝国の竜王の――」


「連盟の星の――」


の――』


 奇跡を願う、声。


意志を見せてくれ!」


 4人の声が、表示枠を通じてそれぞれに属する天使へと成り果てた者たちへと届く。


 そして表示枠の向うへは届かないような小さな声で、最後にクラリスが洩らす。


「お願いですから負けないで。こんなところで2回目の死を迎えたりしないで。人が人たる所以は折れない意志であることを、もう1度私に語ってみせて」


 そのクラリスのつぶやきを切っ掛けトリガーにして、無数の表示枠がラ・ナ大陸のあらゆる場所と、天使と成り果てた者たちがいる場所に展開されてゆく。繋がってゆく。


 管制管理意識体ユビエがその全力を挙げて、人と人であったものを繋ぐ。

 そのすべてを人へと戻すために。


 天使の憑代にされんとする者がただ「レベル~の素体」ではなく、この世界に暮らす、己が護らんとした人々と繋がっている1人の人であるという証の光が大陸中に広がってゆく。


 多くの人から声が届く者。

 たった1人からの祈りが届く者。

 誰からも届かなくとも、人を護らんとした者には他者への声が力となる。


「――私を護るって、言ったでしょう?」


「うちの娼館は翼が生えてたからって出入り禁止にゃしないわよ……稼いでまた来るって言ったでしょう? いつか身請けしてやるなんて、できもしないうそを私に語ったんでしょう? また来なさいよ――また来てよ! 世界を護ったのは俺だって、自慢話を寝物語で聞かせなさいよ!」


「あなた……晩御飯、リクエスト通りに仕込んでるのよ? もったいないから捨てさせないでね」


「とーちゃん、頑張れ!」

「お父さん、戻ってきて!」


「彼氏の頭に輪っか浮いてたって気にしないわよ……もしも帰ってこなかったら、アンタのことなんてさっさと忘れて次に行くからね! 私がアンタ以外の人に幸せにしてもらっても、それでいいのね!?」


 人々の無数の声が、天空城ユビエ・ウィスピール下僕しもべたちによって動きを封じられ、だがと嗤うことを止めない人であった天使たちに届けられてゆく。


 みな自分の大切な人の変わり果てた姿に、その目を背け耳を塞ぎたくなる現実に泣いている。


 だけど言葉を、想いを伝えることを止めない。

 なんとかなると、なんとかして見せてくれると、ただ馬鹿みたいに信じている。


 だが聞くに堪えない、下品な嗤い声は止まらない。

 妙に綺麗な、人間離れした顔にはなんの表情も浮かばない。


 人の心は強くても、それはいつまでも持たない。

 絶望というものは、どうしたって人の心の底からすべてを呑みこむときは呑みこむのだ。


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