第188話 すべてを変える、小さな声⑦

「さーて、お嬢様方。責任を持つ者としての踏ん張りどころだ。準備はよろしいか?」


 ポルッカが最初に声を上げてくれたクラリス、自分と同じく人の代表としての責任を背負う三美姫たちに声をかける。


 それぞれの決意を秘めた表情で、皆が頷く。

 これから始めるのは、ただただ自分にとって大切な人を馬鹿みたいに信じるという、愚者の所業。


 クラリスという実例が1人いるとはいえ、返して言えばそのたった1例に縋ってすべてをかけるような行動とも言える。


 けして賢いとはいえまい。


「では管制管理意識体ユビエ殿。天空城に属する黒の王のしもべの方々。世話をかけるが、しばらくの時間を俺たちに与えてくれ」


 だがやる。

 やると決めたのだ。


 そして黒の王がとしたことに、否やなどあろうはずもない下僕しもべたちである。

 人ではなく魔物モンスターを憑代とした天使を殲滅する者と、人を憑代とした天使を拘束する者への振り分けはすでに管制管理意識体ユビエ、エレア、セヴァスが済ませており準備は万端。

 

 すべての者の頷きを経て、白姫の展開する『静止する世界』が解除される。


 その結果下僕しもべたちによって動きを封じられ、それでも人を害さんと我が身が傷付くのも厭わず暴れる天使たちへ向けて、次々と表示枠がつながってゆく。


『私を救ってくれた、死を知ってなお折れず立った。今度もまた、人は絶望にだって勝てるのだと、私に示してください!』


 元聖女クラリスが、なんとしてでも助けたいたった1人、アルフレッドへと叫ぶ。


『我が王国の柱たる九聖天ノウェム・サンクアテイルのみなさん! 少女王としてではなく、みなさんに護られてきたスフィアとしてお願いします! 祖国を、この大陸を――護って!』


「天翔ける竜の主たる八大竜王アハト・リンドヴルム! 竜の主たる貴方たちが、天使などに屈することを、竜を統べる血を引く私が赦しません!」


「戦って人を護る者の矜持によって、私のにも屈しなかった五芒星ファイブ・スターズに属する方々。その貴方たちが天使などという、所詮魔物モンスターにその意志を自由にされるわけなどないでしょう?」


 少女王スフィア・ラ・ウィンダリオンが、ユオ・グラン・シーズ第一皇女が、アンジェリーナ・ヴォルツ総統令嬢が、それぞれの国の軍を率いる象徴たる存在たちへと檄を飛ばす。


 これは


 1人1人に、それぞれの大切な人たちが各々の言葉で語りかける前の、必要な宣言。


 護られるべき者たちの指導者が、まだ終わったと――仲間たちが天使に堕しきっていないとと世界中に知らせるための言葉。


「他所様は美女ぞろいの中、冒険者のお前らにはこんなおっさんで申し訳ないが、まあ聞いてくれ」


 管制管理意識体ユビエが制御、展開する無数の表示枠に向かって、必死で己の意志を告げる美女たちに一拍遅れて、ポルッカが落ち着いた声で冒険者――長い時間を共にしてきたおなじ愚者バカヤロウたちへと戯言信念を告げる。


「勝てるから、戦うんじゃねえだろう」


 本来ポルッカは、気のきいたことを言える人間ではない。

 冒険者ギルドの受付で愚直に仕事をしていたのだ、演説なんてじゃないというのはもっともだろう。


 だから拙い、だけど冒険者になら伝わるだろう物言いで想いを告げる。


 冒険者――危険を冒す者。


 絶対の安全など笑い飛ばし、自分の命を掛け金に迷宮ダンジョン魔物領域テリトリーへと挑み、そこから人にとって価値あるあらゆるものを持ち帰って、凱歌をあげる愚か者たち。


「たとえ負けるにしたって、手前テメエよりゃ後には死なねぇ」


 剣で――力で誰かを護ろうとする者たちはみんなそうだ。

 そんなことは、冒険者ギルドで何年も受付をやっていれば馬鹿でもわかる。


「それが『連鎖逸失行き止まり』があることを知ってて、それでもなお迷宮ダンジョンに挑み続けた『冒険者バカヤロウ』の矜持ってもんじゃねえのか」


 ――綺麗ごと、とも言うかもしれん。それも嘘じゃねえ。


「そりゃ欲もある。単純な力への憧れだってあらぁな。くだらねえことに一喜一憂しながら日々食っていくためってことの方がでかいかもしれん」


 ――気のいい奴らばっかりだが、善人かと聞かれりゃハイそうですとはとても言えねえ。


「そんなこた、俺だってよーく知ってる」


 なかにはどうしようもないロクデナシだっている。

 くだらない争いなんかは日常茶飯事で、冒険者を「ならず者」と同一視している連中に対して胸を張って文句を言えないことだっていくらでもある。


「だけどお前らが――俺らが『冒険者ギルドバカ』を始めた根っこのところは、軸足は変わっちゃいねえだろ?」


 魔物モンスター共から人の暮らしを護ってみせる。


 国が、軍がどうにもしてくれない市井で暮らす人々の依頼クエストを、俺たちがなんとかして解決してやる。


 費用対効果で見捨てられる辺境の村が大型ギガント魔物モンスターに襲われるってんなら、馬鹿みたいに安い報酬でもなけなしの名誉とにのって、正式任務ミッションを受けてやる。


 冒険者たちがみんな、そうやって生きてきたことをポルッカは知っている。

 その目で見てきている。


 だから――

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